月夜の告白(3)
カイルは話を聞きながら、小さく息を吐き出したり、軽く目を見はったり、何度か何か言いたげに口を開きかけたけどそのまま閉じたり。
結局、最後まで黙って私の話を聞き終えた。
「……と言うわけで、私はイセン国に来たの」
イセン国王と結婚話があること。
そのイセン国王に会うために、騎士であるクラウスと旅だったこと。
途中でアランにも協力してもらったこと。
すべてを包み隠さず話て、カイルを恐る恐る見上げる。
「……」
カイルは無言のまま、何かを考え込むようにぼんやりと宙を見つめたままだ。
(も、もしかしてあきれられている!? それとも信じてもらえてないの?)
いつまで経って口を開かないカイルを前に、私もどうしていいか分からず、ただ黙ってその姿を見守る。
幾ばくか静寂の時間が続いたのち、カイルはポツリと呟きを洩らす。
「お前は、イセン国の王に会ってどうするつもりなのだ?」
「それは……」
カイルに会うまでは、どんな人なのか会ってみたい。
それだけだった。
だけど今は違う。
私はカイルのことが好きだって気が付いてしまったんだもの。
イセン国王がどんな人であっても、きっと私の気持ちは変わらない。
「結婚話をなかったことにしてほしいって、お願いしようと思っているわ」
「なぜ?」
カイルがひどく真剣なまなざしを向けてくる。
「そ、それは……」
「……」
まさかカイルを好きになっちゃったから……なんて言えるはずもない。
「ほ、他に好きな人がいるから……。あ、ていうか、最近自覚しちゃったの! このままずっと離れ離れになっちゃうかもって思ったら、やっと自分の気持ちがわかったっていうか……って、カイル?」
しどろもどろな私を前に、カイルは額を抑えて項垂れ、苦しいのかと思い覗き込むと、なぜか笑っている。
「すまない。一瞬、都合のいい夢を見た。自分の馬鹿さ加減に笑えてきた」
「へ?」
「いや。安心……したのかもな。この国の王は禄でもない男だからな。お前の選択は正しい」
笑っているのに、その表情が苦しそうに見えるのはなぜだろう?
「カイル、やっぱりどこか痛むの?」
「っ!」
「!?」
唐突に痛いほど強い力で抱きしめられ、体を拘束される。
あまりに突然の出来事に、息をすることさえ忘れそうになる。
書庫で抱きしめられたような優しいものじゃなく、さっきみたいにネリーを誤魔化すための軽いものじゃない。
その力はまるで、私を丸ごと飲み込んでしまうんじゃないかというほどに強い。
(震えている?)
カイルの胸に顔を埋める形の私にその表情は見えないけれど、まるで泣いているように、カイルは小さく震えている。
さっき魔力に呑まれていた時と同じだ。
何かに怯え助けを求めているかのようで。
「……」
私はゆっくりとカイルの背に腕をまわす。
「俺の母親は天翼なんだ」
「え?」
ポツリと呟いた言葉はあまりにも意外な一言。
天翼は、天に住まう神に近しい一族。
言葉を交わすどころか、その姿を見ることさえ稀だ。
私も、ファーレンの門を守護するのが天翼だという知識がある程度だもの。
「人と天翼の間に生まれたのが俺だ。人というには魔力が強すぎ、天翼と言うには翼がない。どちらにもなれない半端者」
カイルが暴走するほどの強い魔力を持つ理由。
それは、天翼の血によりものだってことだ。
そして、カイルはそのことをひどく気に病んでいる。
「俺は異端だ。誰かを傷つけることしか出来ぬ存在。この世には、不要な存在なのかもしれぬな」
カイルの自嘲気味な言葉に、何ともいえな思いが込み上げる。
「この世にいらない存在なんてない」
「リルディ?」
「この世に生を受ければ、それは等しく意味があることだと思う。私はカイルに出会えてよかったと思っているもの。天翼でも人でもカイルはカイルでしょう?」
「だが俺の力は……」
「カイルが暴走しそうになったら、何度でも私が止めるよ。誰かを傷つけさせたりしない」
カイルが今までどれだけ苦しんできたのか。
きっと私には到底理解できないのかもしれない。
だけど、私はカイルのことが好きだ。
たとえ本人の言葉でも、好きな相手を“いらない存在”なんて言われて黙っていられるわけがない。
「……お前は無茶苦茶なことを言う」
「無茶苦茶じゃないわ。本気だもの」
胸を張った私の言葉に、カイルは小さく息を吐き出し微かに笑む。
「まったく勇ましい姫君だ」
「今はメイドだわ。メイドが主を守るのは当たり前でしょ?」
「なるほどな。では今はまだ、お前は俺のものなのだな?」
カイルはまっすぐ私を見つめたまま手を握り締める。
「うっ。えっと。そ、そうだよ」
自分で言った言葉のはずなのに、改めて聞き返されると何だか妙にドギマギしてしまう。
「なら、主の命令だ。もう少しだけこのままで」
「……かしこまりました」
静かに月を見上げるカイルの手を私も握り返した。