発動する想い(1)
リルディアーナ視点。
ただその強い想いを胸に立ち向かう。
私はカイルの前に立つ。
黒い風がカイルを覆い隠しているけれど、時折見えるその顔は、苦しそうに歪んでいる。
「カイル、きっと助けるから」
私はカイルに向かって手を伸ばす。
自分に魔術があるなんてとても信じられない話だし、ましてそれをどうやって使えばいいかなんて尚更わからない。
アランは“心”で使うんだと言っていたけれど、それだってピンッと来ていない。
「きゃっ」
伸ばした手が黒い風に触れると、鋭い痛みが突き抜け、体は空を舞っていた。
「姫さん!」
「だ、大丈夫……」
駆け寄ってきたアランに何とか笑ってみせる。
打ち付けた腰も肩も痛い。
そしてなにより、触れた手がズキズキと痛み涙が滲む。
「やっぱ無理だろ。他の手を考えようぜ」
「ううん。何とかするから」
立ち上がり、禍々しい黒い渦へと真っ直ぐに歩みを進める。
(こんなの痛いうちに入らない)
あの中にいるカイルの方がよっぽど苦しいはずだ。
今までたくさん助けてもらってきたんだもの。
今度は私が助ける番だ。
「やめ……ろ……」
もう一度伸ばしかけたその時、小さくうめくような声が耳に届く。
「カイル!? よかった。意識が戻ったんだね」
いつもと違う金色に輝く瞳と目が合う。
「傷つけたくない……んだ。こうなっては俺も止められぬ。……逃げろ」
「大丈夫だよ。すぐ助けるから」
「無理だ! 頼む……から……」
言葉を紡ぎながらも、その顔は苦痛の色が濃い。
きっと口を開くことすら苦しいのだ。
「!!」
もう一度、カイルに手を伸ばす。
黒い風に触れた途端、激痛が体を突き抜ける。
けれど、今度は吹き飛ばされることなく、その場に踏みとどまる。
「ばっ……リルディ!」
「カイルは私を助けてくれたもの。今度は私が助ける番だから」
「いいから離れろっ。死にたいのか!!」
「死ぬつもりなんかないし、カイルも死なせない!」
初めて出会った時のこと思い出す。
剣を突き付けられ、冷たい瞳を向けられた時のこと。
あの時、私はカイルを“恐い”と思わなかった。
今ならその理由がわかる。
カイルは、傷つけることを恐れている。
“傷つけられること”ではなくて、“傷つけること”をだ。
冷たいと感じた瞳。
それは、傷つけることを恐れるが故の拒絶。
カイルを護りたい。
心の底からそう思う。
何度かカイルに抱きしめられたことがある。
今度は、私がカイルを抱きしめる番だ。
伸ばした手がカイルに触れる。
「!?」
「大丈夫だよ。きっと大丈夫」
身を引こうとするカイルにニッコリと笑み、母様がいつも私に言ってくれる、魔法の言葉をささやく。
「ほら、大丈夫だった」
体をすべて黒い風にすべり込ませ、震えるカイルを抱きしめる。
拒絶するかのように体を苛む痛みは、不思議とカイルに触れた瞬間に消えていた。
「リルディ……」
カイルも私をきつく抱きしめる。
震えは止まっていたけれど、早い鼓動を感じる。
二つの鼓動が溶け合って、それ以外聞こえなくなってく。
いつの間にか、カイルを覆う黒い風は消え失せていた。
「お前は……無茶苦茶だ」
「でも、大丈夫だったでしょう?」
「どこがだ。俺は生きた心地がしなかった」
そう言ったカイルの瞳は漆黒の闇夜色に戻っている。
本当にカイルの魔力を抑えられたらしい。
それを確認して、私は嬉しくてもう一度カイルに微笑みを向ける。
「お前が無事でよかった」
「うっ。カイル、苦し……」
「あ、す、すまぬ」
抱きしめる力が強すぎて一瞬呼吸が止まった。
それに気づいたカイルが、慌てた様子で力を緩める。
なんだかアタフタしたカイルの姿が珍しくて、思わず吹き出してしまう。