解き放たれる狂気(3)
「もう目覚めちまったか。さすが姫さん」
悲鳴を上げる体を何とか動かし、俺は姫さんのもとに行き着く。
「アラン、これってどういうこと? もしかしてアランの魔術なの?」
「あれはあいつが自分で時放った魔力だ。俺は何もしてねーし」
むしろボロボロにされた……という言葉は恰好がつかないので飲み込んでおく。
「あぁ! あー、なんか色々話が見えてきたぜ」
長が前に言っていたこと。
イセン国はファーレンの門が開くから、躍起になっていると。
「何の話? どういうことなの?」
「もうすぐファーレンの門が開くんだよ」
「ファーレンの門……って! 今と何の関係があるの!?」
「だからさ、なんでファーレンの門が開くか姫さんわかる?」
今にもカイルワーン・イセンに走りよりそうな姫さんをつかんだまま、俺は問いを放つ。
「それは呪いが弱まるからでしょう?」
「半分当たりで半分はずれ。弱まるんじゃない。弱めるんだ」
「弱める?」
「そっ。そもそも魔力は大気と直結した、本来は神の領域の力だ。だから、大気が乱れれば魔力のコントロールができなくなる。だから、大気の乱れを感じ取れば、魔力を放つ力を弱める。人の身である俺なんかは、それほど影響はねーけどさ。天翼みたいに魔力が多くある奴は、そうしなきゃ最悪暴走しちまう。だから、ファーレンの門の呪いを弱める」
黒い魔力の中でうずくまるカイルワーン・イセンに視線を向ける。
「つまりカイルは、魔力が多すぎて暴走させているってこと?」
「そういうこった。つまり、俺達にはどうも出来ない。近づけば、怪我どころの話じゃないぜ? 一緒に取り込まれちまう。あいつ自身、自分で手に負えなくなっちまってるんだ」
人の身ではとても抑えきれない魔力量。
むしろ、今まで暴走させず抑え込めていたことの方が不思議だ。
「放してアラン。カイルを助けなきゃ」
「いや、だから話聞いてたか?」
「カイルの手に負えないんでしょ? それなら、ほかの人がなんとかしなくちゃ」
姫さんの屁理屈にさすがの俺も脱力する。
どうにかなるなら、してるつーの。
「あのな、気持ちはわかるが、姫さんじゃ……」
言いながら、唐突に一つの可能性がひらめく。
「いや? 姫さんなら?」
大国イセンが、なぜ南の小国の姫である彼女を王の妻に迎え入れようとしているのか。
もし俺の仮説が正しいのなら、姫さんなら救える。
(いやいやいやっ。そんなん危険すぎるだろ。ぜってーダメだよな)
が、即座に自分で却下を入れる。
それはあまりにも危険な賭けだ。
「なに? なにかあるなら教えて!」
黙り込んだ俺の様子に何かを察した姫さんが腕を強く引っ張る。
「痛っ!! ダメだ! 危険なんだつーのっ!」
ヒビが入っているだろう腕をつかまれ、激痛に思わず心の声が駄々漏れた。
「それでもいい! 何もしないで後悔するくらいなら、当たって砕けた方がマシ。お願い。カイルを助けたいのっ」
「……」
痛いくらい真剣なまなざしが、俺をまっすぐにとらえる。
あぁ。この目に弱いんだ。
俺には逆立ちしても真似できない、打算なしの無謀で純粋な瞳。
「はぁ。……姫さんの力を使えば、あいつの魔力を無効にできるかもな」
「私の……力?」
俺の呟きに、姫さんは間の抜けた顔をしている。
「なんで今まで気づかねーかな。姫さんは魔術持ちなんだよ」
「へぇ。私、魔術持ちだったん…………えぇー!! だ、だって私、空も飛べないし光の玉も出せないよ!?」
「知ってる。姫さんの場合は特殊なんだよ。魔術で何かを作り出すんじゃなくて、相手の魔術を無効化できる」
「無効化? それってどういうこと?」
「思い出してみろよ。俺やクラウスはあいつの魔術で別空間に飛ばされたのに、姫さんには効かなかった。この空間だって、普通の奴は入ってこれたり出来ねーんだぜ? それについさっきだって、俺の魔術を解いちまったし」
クラウスが長にかけられていた呪いを解いたのも姫さんだ。
姫さんはありとあらゆる魔術を、自分の意思で拒絶や無効化できる。
魔術師にとったら、とんでもなく厄介な相手。
「……私なら、カイルの魔力を抑えられるってこと?」
しばらく考え込んでいたが、それも一瞬のことで、姫さんは一度息を吐き出してから、真剣なまなざしを俺に再度向ける。
「可能性がある。そうとしか言えねーよ。あれだけの魔力だ。成功する確率の方が低い」
今まで姫さんは無意識に、魔術を発動させている。
それを今度は自分の意思で、あんな規格外の魔力を相手にするのだ。
容易なことじゃねーはずだ。
「それで十分だよ。けど、どうやったらいいのかな? 呪いを唱えたりした方がいい?」
「姫さんの場合はさ、ココで魔術を発動させるんだ」
こぶしで胸元を軽く叩く。
「あいつの魔術をはねかえした時。俺があいつにかけていた魔術を解いた時の感覚を思い出せ」
俺の言葉に姫さんはコクリと頷く。
「無理はすんなよ」
「ありがとう。ふふ。見た目は変わっても、やっぱりアランはアランだわ。よかった」
「……なんだそれは」
姫さんの前だとどうも調子が狂う。
暗殺者の仮面がうまくかぶれなくなる。
この姿でいれば、“アラン”は捨てられると思ったが。
そう、うまくはいかないらしい。