その想いの名は……(3)
「アランはクラウスの友人じゃないの?」
「ははっ。そう思ってたのは姫さんだけだろーな。ま、だからあいつも、嫌がらせに来た俺を拒み切れなかったんだろーさ」
「嫌がらせ?」
「そっ。だってよ。“組織“から逃げ出したくせに、お姫様の騎士なんぞにおさまって、めでたしめでたし……なんて、都合よすぎるだろ」
クラウスとの出会いは砂漠の真ん中だった。
倒れているのを私が見つけたのが始まり。
良くない人たちに追われていたこは、何となく分かっていたけれど、詳しいいきさつは聞いていない。
その時のことを聞くと、クラウスは決まってつらそうな顔をするから。
「“組織”ってなに?」
「俺がいる暗殺集団」
私の問いにアランはサラリと答える。
「……嘘。また、私のことからかっているんでしょう?」
あまりに突拍子もない答え。
けれどアランは苦笑して首を振る。
「と、おしゃべりはここまでだ。そろそろ、仕事を片付けちまわねーとな」
その言葉とともに、空気がガラリと冷たいものに変わる。
カイルを見るその瞳があまりにも冷たくてゾクリとする。
「ダメ……カイルにこれ以上ひどいことしないで」
「さっきから思ってたけど、そいつは姫さんのなんなわけ?」
私の視線を受け流し、アランは問いを投げかけてきた。
「え? カイルは私の……」
咄嗟に答えられず言葉に詰まる。
奇縁の相手で、今はなりゆきで私のご主人様で。
でもそれだけじゃない。
出会ってまだそれほど経ったわけじゃないし、私はカイルのことをほとんど何も知らない。
それなのに、ずっとずっと側にいたくて、離れたくないと思う。
触れられるとドキドキする。
声を聞くと安心する。
(……私、カイルのことすごく好きみたいだ)
心の中でポソッとつぶやいてみて納得する。
(あぁ。なんだ。そっか。うん。そうだったんだ)
意識の無いカイルの髪にそっと触れる。
私はカイルに“恋”をしているんだ。
“恋”は甘くて優しくて砂糖菓子のようなものだと思っていた。
だけど、実際は甘いだけじゃない。
切なくてしんどくて弱い自分を思い知らされる。
けれど同時に、こんなにも満たされた気持ちになれる。
強くなれる。
「カイルは私の大切な人だよ。何があっても守りたい人」
揺るぎない言葉が口をつく。
「へぇ。暫く会わない間にイイ女になったもんだな」
私の視線を受け止めたアランはニヤリと笑う。
「うっ……」
その時、カイルの口から梅井声が漏れ、瞼がゆっくりと開かれた。
「カイル、よかった……」
「リルディ……なのか?」
私を見て驚いたように大きく目を見開くカイル。
「?」
なぜそんな穴が開きそうな程見られているのか訳が分からず首を傾げると、肩にかかっていた髪が流れ落ちて、頬をくすぐる金の色が目に入る。
「えぇ!?」
ありえないことに、先ほどまで黒かった髪の色が元の金色になっていた。
長い髪を引っ張って何度見直しても、その色はやはり金色。
「どうして金色に戻っているの!?」
「って、今さら気付いたのかよ。俺を拒絶したのは姫さんだろ?」
不貞腐れた顔でアランはそう言い放つ。
確かにこの髪を金から黒に変えてくれたのはアランだ。
そのアランの邪魔をしたから魔術を解いた……ってそういうこと?
サーッと血の気が引いていく。
カイルがどんな反応なのか、恐すぎて目を合わせることが出来ない。
恋をしているんだと気が付いてしまったから尚更。
「悪ぃけど、姫さんの願いは聞けねーわ」
「え?」
「そいつを殺すのが俺の仕事なわけ。だから、ちょっと待っててくれよ」
まるで駄々をこねる子供を諭すように、優しい声音でそう言い放つ。
いつもの人懐っこい笑みを浮かべて。
それなのに、その瞳はゾクリとするほど冷たい。
「ダメ!! お願いだからやめ……あ!」
何か見えにない力が私の体を持ち上げ引っ張る。
「リルディ!?」
カイルから引き離され、あっという間にアランのすぐ目の前に連れてこられていた。
「もう後戻りする気はねぇ。中途半端に好かれるくらいなら、死ぬほど憎まれた方がマシ。結局、俺はそういう低俗な生き方しかできねーんだ」
耳に触れるほど近くで、驚くほど低く冷たい声で囁き、宙に浮く私の体を押し戻す。
「アラン?」
その顔が一瞬だけ泣いているみたいに見えて、手を伸ばすけれど、その手がアランに触れる前に、私の体は後方へと押しやられ同時に意識が遠いていった。