騎士、姫君と旅立つ(4)
「アンヌ様は対面の場を設けてくださると、おっしゃっていたじゃないですか。それなのにどうして……」
落ち着いた様子の姫様とは対照的に、俺の方が慌てふためく。
「父様や母様が出てくれば、それは公式行事になってしまうもの。そんな堅苦しい場で会ったって、相手の本当の部分なんて、全然わからないじゃない? 私は、そんな取り繕いの場で会いたくないわ」
「だからと言って、いきなり会いになんて無謀ですってばっ」
「そう言われるのが分かっていたから、コッソリ行こうとしたのに」
不服そうに頬を膨らませる。
「いやいや! イセン国までどれほどかかるか知っているんですか!? そもそも、たどり着いたところで、先触れもせずに行けば、城内にすら入れてもらえませんよ?」
「もちろん分かっているわ。父様は確か10日程で着いたって。あの時は一団を引き連れてですもの。私一人なら、もう少し早く着くと思うわ。着いたら、何とか抜け道を見つけて、城内に潜り込むつもりなんだけど」
胸を張って答える姫様の姿に、よろけて思わず壁に手をついてうな垂れる。
(他国の城内に忍び込むつもりの姫君なんて、聞いたことがない)
そもそもエルン国とイセン国では規模が違う。
エルン国は小さな領地だということもあって、王族と民との関係は気安い。
それこそ道で会えば、
『太陽の姫君、こんにちは! 明日、ヤルルの実を収穫しますから、お届けに行きます』
なんてことを、畏れもなく話しかけてくる。
それはまるで、国が一つの家族のように。
けれどイセン国は違う。
そもそも、王族が民に姿を見せるのは、大きな式典くらいなもの。
滅多にないことだが、道で出会えば平伏して言葉どころか、目を合わせることすらできないだろう。
もし、城に不法侵入など企てでもしたら、命をとられる可能性だってある。
「考えが甘すぎです。王はきちんと道案内を着け、最短距離を迷わず進んでその日数ですよ? 旅に不慣れな姫様ではもっと日数がかかります。いえ、最悪迷って遭難します」
「大丈夫よ。地図も磁石もあるし。私、砂漠は行きなれているもの」
まったくめげる様子もなく返され、思わず脱力する。
「それにですね、イセン国はこの国とは違います。王族と民とは、まったく切り離された生活をしているんです。抜け道から忍び込むなど、人はおろか犬猫だって無理でしょう」
「詳しいんだね。もしかして、イセン国に行ったことがあるの?」
姫様の目がキラキラと輝きだした。
なんだか嫌な流れだ。
「え、えぇ。騎士になる前に力試しで、剣術大会に出場するために。あとは、王の使いで二、三度くらい」
「ということは、道順とか完璧なわけね?」
「はぁ。まぁ。地図がありますし、大体の最短コースは……」
答えていて墓穴を掘っている気がする。
姫様の期待に満ちた視線が痛い。
「助かったわ。本音を言えば、イセン国は遠くて少し不安だったの。道案内できる人がいれば心強いものね」
「え~と? 道案内って誰が?」
「もちろん、クラウスが」
「あはは。今の流れだとそうですよね……って! なんで行く方向で、話が進んでいるんですか!?」
すでに俺の説得はないことになっている。
というか、綺麗に聞き流されていた。
「行くわよ。もう行くって決めたの」
「あのですね、行ったところで会える確立はほぼゼロなんですよ?」
「でもゼロじゃないわ。それに、父様もよく言っているでしょう? 論より実行。あたって砕けろ。有言実行!」
「それらしい言葉を並べてもダメです! 無謀です。無茶です。危険すぎます!!」
「……」
どうしてこの人は、こうも『お姫様』らしくないのだろう?
姿かたちは『お姫様』そのものなのに。
こうして黙り込んでうつむいていると、それこそ深窓のお姫様みたいだ。
「何と言われようとも、もう決めたの。一人でも行くわ」
顔を上げると、サラサラと金の髪が肩をすべり落ちていく。
夜の闇でも美しく輝く青い瞳は真っ直ぐ俺をとらえ、キュッと寄った細い眉が小さく眉間にシワを刻む。
朱に染まったかのような唇からもれた言葉は、よどみなくはっきりと俺の耳に届く。
確固たる決意を秘めたその顔は、抗いがたい美しさがある。
「はぁ」
思わず漏れたため息は、姫様にではなく、自分への呆れからだ。