その想いの名は……(2)
「リ……ルディ」
私の名を呼ぶ声に、強く閉じていた目を開けるとカイルの姿があった。
「カイル!?」
細い蔦のようなものがカイルに巻き付き、体を拘束し喉を締め付けている。
「待ってて! 今、助ける……」
駆け寄ろうとした私の腕を誰かが掴む。
「あーあぁ。迎えに行く前に来ちまったか。ホント、姫さんすげーわ」
「え?」
聞こえて来た声に振り向く。
(銀……ううん。鋼色?)
私の腕を掴んでいるのは、スコール直前の空のような鋼色の髪と瞳の男の人。
「あなた……」
長い鋼色の髪は、横に流すように無造作に縛られ、くっきりとつり上がった二重の切れ長の瞳も同じ鋼色をしている。
トリア大陸の民の銀色とはまた違う、もっと濃くて暗い色合いをしている。
そもそも引き締まっているけど華奢なその体は、ランス大陸特有の浅黒い肌。
なんとも不思議な取り合わせ。
けれど、その表情や声はとても馴染み深いもので、困惑してしまう。
「相変わらず跳ねっ返りだな」
「アラン……なの?」
その声をもう一度聞いて確信を得る。
声も表情もアランそのものだった。
違うのは髪の色と、いつもしている色メガネをしていないってところだ。
「久しぶり」
いつもの気安さでニッと笑ってみせる。
「ど、どうしてアランが……ううん。それより早くカイルを助けなきゃ! 手を離して」
まったく状況が呑み込めないけれど、今はカイルを助けるのが先だ。
カイルの元へ向かおうとしたけれど、アランは腕を掴んだまま離さない。
それどころか、私を引き止めるように、ますます力を強める。
「悪ぃけど、この手を離すわけにはいかねーんだよな。俺が此処に来たのは、そこの男を殺すのが目的だから」
「!?」
まるで普段と変わらない、あっけらかんとした口調でそう言い放つ。
「何を言っているの? どうしてアランがそんなことするのよ」
ゾワリと急に体に寒気が走る。
いつものアランとは、見た目だけじゃなく、明らかに何かが違う。
「……俺の仕事だから。こういうことがさ」
そう言い放つと、カイルを戒めている蔦がきつくなる。
「くっ」
苦しげなカイルのうめき声に、アランに縋り付くように詰め寄る。
「お願いだから、こんなこと今すぐやめて!」
「……」
悲鳴に近い私の声など意に介さず、アランは冷たい瞳で苦しむカイルを見上げるだけ。
蔦はギリギリと容赦なく締め上げて行き、カイルのうめき声さえ奪う。
このままじゃ、本当にカイルが死んでしまう。
「い、いや……」
苦しみに顔を歪めるカイルの姿に、私の中の何かが音を立てる。
体が熱くなって胸の鼓動が早まり、うまく思考が組み立てられない。
ドクンッ。
私の中で何かが突き抜けて行く。
「だめ―――っ!!」
パアァンッ!
「!?」
一瞬意識が飛んで、気が付くと崩れかけた私を、アランの腕が支えていた。
私と目が合うと、何かひどく傷ついたような顔をして小さく笑う。
「あーあぁ。俺を拒絶しちまうのか。姫さん」
「?」
言葉の意味を計りかねて、ただぼんやりとアランを見返す。
「そんなにあいつが大切なのか?」
アランの視線の先を追うと、いつの間にか戒めていた蔦は消えていて、地面に倒れているカイルが見えた。
「カイル!?」
私は慌ててアランの腕をすり抜け走り出す。
「カイル!!」
身を屈め必死に声をかけるけど反応がない。
息はしているけれど意識がないみたいだ。
その事実に、どうしようもなく不安になる。
「殺し損ねたみてーだな。悪運が強い男だ」
ゆっくりと歩み寄って来たアランは、つまらなそうな顔でそう言い放つ。
「どうしてこんなことするの? カイルにひどいことしないで!」
思わずそう叫んでアランを見上げ、おかしなことに気が付く。
(あれ? ずっと前にもこんなことがあった?)
目の前に横たわる大切な人。
私を見下ろす、鋼色の髪と瞳をした男。
その人に向かって、私はこう言った。
『クラウスにひどいことしないで! クラウスは私の騎士になるんだからっ』
それはずっとずっと昔。
クラウスが騎士になる前。
私と出会ってすぐのこと。
誰かがクラウスを追いかけていた。
顔は覚えていない。
けれど鋼色の髪と瞳だったことを今はっきりと思いだした。
「あの時の追っ手はアランだったの?」
「……やっぱ思い出したか」
問いかけた言葉にアランは苦笑する。
それが答えだ。
あの時、クラウスを追っていた鋼色の髪と瞳の男……アランはこう言ったはずだ。
『俺は殺すのが仕事だ。邪魔するなら、てめーも殺すぞ』
なんの躊躇いも慈悲もない、研ぎ澄まされた刃のような瞳で。