触れ合う心と言えない想い(3)
「は、離して!」
リルディの悲鳴にも近い声で我に返る。
その手を解放すると、リルディは警戒するかのように俺から距離を取る。
「リルディ?」
今にも泣き出しそうに、澄んだ青い瞳が潤み、顔は怒りからなのか赤く高揚している。
俺が触れた指を隠すように、胸元できつく握られている。
それを見て、自分のした行動の軽率さにようやく気付く。
“警戒心を持て”
前にそう警告したのは誰あろう俺だ。
俺を見るリルディの青空色の瞳は不安げに揺れている。
「……」
確かに軽率な行動ではあった。
だが、そこまで嫌悪感をあらわにされると、さすがにショックだ。
胸に何か鋭いものが突き刺さったかのように痛む。
そしてこんなにもショックを受けている自分に更にショックを受ける。
「不快な想いをさせるつもりではなかったのだが。すまない」
どうにも居たたまれず、立ち上がると踵を返す。
と、俺の腕を後ろからリルディが勢いよく掴む。
「行かないで!」
「?」
「違うの! そうじゃない。そうじゃなくて……」
真っ赤な顔のまま、リルディは何かを訴えるかのように俺を見たまま言葉を紡ぐ。
「不快なんかじゃないよ! で、でも、何だか触られるとドキドキしちゃうし良く分からなくて恐くて……でも、全然嫌なんかじゃない」
「そ、そうなのか」
つられて俺まで動揺してくる。
「うん。嫌じゃいないよ。カイルが久しぶりに此処に来てくれてすごく嬉しかった」
リルディのはにかむ笑顔に自制心が吹き飛ぶ。
「……」
「!?」
気がつくとリルディを抱きしめていた。
驚いたように肩を揺らしたが、リルディはそのまま俺の腕の中にいる。
硬直していた体から力が抜けて、身を預けるかのようなリルディが愛しくて、自然と言葉が口をつく。
「リルディ。お前はこれからずっと……」
“側にいてくれないか”そう言いかけて、唐突にレイの言葉が甦る。
『兄上じゃ彼女を不幸にするだけだ』
冷水を浴びせられたかのように気持ちが凍える。
(俺は何をしている?)
最初に決めていたはずだ。
リルディを巻き込んではいけない。
側に置くのはほんのひと時だけだと。
(あんな場所に、こいつを連れていけるはずがないじゃないか)
俺はリルディの戒めを解き離れる。
「落ち着いたか? まったく、お前はどうしてそう落ち着きがないのだ?」
言いかけた言葉を呑み込み、違う言葉へすりかえる。
「うっ。ご、ごめんなさい」
冷めかけた熱がまたリルディの頬を赤く染める。
「此処を離れた後、お前が無事に他の仕事を見つけられるか心配だ」
続けて、からかうようにそう言葉を吐く。
「……」
リルディの瞳が小さく揺れる。
何かを口にしかけて、結局何も言わず口を引き結ぶ。
「カイル様! こちらにリルディはいますか!?」
おかしな空気の中、唐突に慌てた様子でエルンストが部屋に飛び込んできた。
「どうしたの? エルン」
「あぁ。リルディ。朗報であります! お連れの方が見つかったのでありますよっ」
エルンストは微笑みとともにそう告げる。
「クラウスたちが!? 本当に?」
「はい! 砂漠の捜索隊が接触したようなのですが、どうやら大した怪我もなく無事のようです」
途端にリルディは表情を明るくする。
「こちらに向かっているとのことですので、近日中には着くかと。ともかく一刻も早くお知らせしなければと思いまして」
「ありがとう。エルン」
「いえ。また詳しいことが分かりましたら、ご報告に参ります。……カイル様、失礼致しました」
「……」
エルンストは、そう報告を済ませるとそうそうに部屋を出て行った。
「よかったな」
「うん!」
俺の言葉に屈託なく笑う。
「あと少し……だな」
「あ……」
小さな沈黙が落ち、俺はリルディの入れた生ぬるい紅茶を一気に飲み干す。
いつもより微かに苦味を感じたのは、温い所為なのか俺の中に渦巻くどす黒い気持ちの所為なのか。
今の俺にはよく分からなかった。




