触れ合う心と言えない想い(2)
次の日、俺は書庫へと来ていた。
「カイル?」
俺の姿を見つけたリルディが、嬉しそうに駆けよってくる。
「今日は来たんだね」
「あぁ。少し時間が出来たのでな」
「そっか」
書庫に顔を出すのは数日ぶりのこと。
魔術の制御に失敗しテオを傷つけたあの日から、俺は此処に来ることを避けていた。
正確には、リルディに会うことを、だ。
もしリルディをテオのように傷つけてしまったら、俺は自分を許せないだろう。
今日まで会いたいという想いをひたすら押しとどめてきた。
「あ! 紅茶、入れるね」
そういうと、ティーセットが置かれた台車へと踵を返す。
「用意……してあったんだな」
当たり前のようにあるそれが、リルディが俺を待っていたかのように思えて無性に嬉しい。
それは多分、俺の都合のいい解釈だろうが。
「もちろん。いつカイルが来てもいいように、毎日用意していたのよ……でも、お湯が温くなってしまったみたい。入れなおしてくるね」
「いい。構わない」
「でも……」
「いいんだ」
躊躇っていたリルディだったが、最後には俺の言葉に肯く。
カチャカチャと、リルディが触れる陶器の音だけが静かに響き、俺はその心地よい音に耳を傾けながら徐に口を開く。
「リルディ。レイとどこで会ったんだ」
俺の問いに、リルディは不自然に肩を揺らす。
分かりやすい反応だ。
「な、中庭で……洗濯ものが風で飛んで、それを捜しに行った時にたまたまね」
なるほど。
答えとしては大方合っている。
ただし、大きな事柄が抜けているが。
「そうか」
「そうなの。はい、どうぞ」
紅茶を置いたリルディの腕をそのまま掴む。
リルディは唐突なことに目を丸くしている。
「で、その時の傷がこれか」
うっすらと見える手の甲の傷を見る。
「……カイルはイジワルだ。知っていたのね?」
バツが悪そうに顔をしかめてリルディは恨めしげに呟く。
「あぁ。木に登ったとか」
「うっ。うん」
「で、落ちたんだってな」
「あはは。うっかり」
誤魔化すかのように笑うリルディをギロリと睨む。
「ちょっとそこに座れ」
俺の向いの席を指示す。
何か口を開きかけたリルディだったが、俺の顔を見て口をつぐみ、渋々といった体で指定された席につく。
「木に登るなど、たしなみ以前の問題だろうが。たまたま下にレイがいたからよかったものの……いや、俺としてはそれもまったくよくない」
レイのところに落ちた。
それがそもそもあいつがリルディに興味を持つきっかけになったのだ。
リルディが大けがをしなかったのはいいが、違う意味では最悪な事態だ。
「カイル?」
悶々と考えている俺を見て、リルディが不思議そうに小首を傾げている。
「と、ともかくだ。もう二度と、そういう危険な真似をするな。こちらの肝が冷える」
「ごめんなさい。ユーゴさんにもさんざん注意されたわ」
俺の言葉に、リルディはシュンッと肩を落としている。
「まったく。傷、もう一度見せてみろ」
「もうほとんど治っているのよ? 痛みもないし……」
「いいから。ほら」
「うん」
おずおずと差し出された手を見ると、やはり微かに傷跡が残っており、知らず知らずのうちに眉間にしわが寄っていく。
「!?」
その手を取り傷口に触れると、リルディは微かに震える。
こういう時に、治癒の魔術を使えればいいのだが。
あいにくと俺にはそういう繊細な魔術は扱えない。
俺の力はただ人を傷つけるのみだ。
「カ、カイル、あの手を……」
リルディが困惑した顔で言葉を紡ぐ。
「あぁ、すまない」
その手を解放すると、リルディは慌てて手をひっこめ、真っ赤な顔で立ち上がる。
「わ、私、仕事に戻らなくちゃ」
「あ、おいっ」
まだ肝心な話しをしていない。
今ここに来たのは、レイに近づかぬように釘をさすためだ。
レイは見ため通り女性関係も派手だ。
見目の良さに加え、口もうまく手も早い。
無防備なリルディがレイと会うなど、メインディッシュの皿に乗るようなもの。
リルディを預かっている者としては、見過ごすわけにはいかない。
そう。これは決して私情などではない……などと考え意識をそがれた瞬間、派手な音がその場に響く。
「!?」
どうやら慌てて席を立ったリルディがポットをなぎ倒したらしい。
床には陶器の破片が散乱している。
「ご、ごめんなさい……痛っ!」
しゃがみ込み、すぐに割れた破片を拾い集めるが、小さく声を上げ破片を取り落とす。
見れば、人差し指から赤い血が滲み出ている。
「馬鹿かっ。説教をした直後に、傷を増やしてどうする! 貸せ」
「え?」
驚いているリルディに構わず、その腕を取ると、血が滲みでている指に唇を押し当てる。
舌で指をからめ捕り、溢れだす血を舐めとった。