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そして姫君は恋を知る  作者: 未華
1周年記念小説
82/180

そして天使は舞い降りた~カイルの長い一日~(2)


「カイル様……。なんですか、それは?」


 やってきたユーゴは、怪訝な顔で開口一番そう言い放つ。

 エルンストは、チビリルディを凝視したまま絶句している。


「いや……」


 事の真相を話そうと口を開きかけたが、ハッとして口を噤む。


(これがリルディだとバレるのはまずい)


 もともと、ユーゴはいきなりカイルが連れ帰ったリルディを快く思っていない。

 ただ巻き込まれただけとはいえ、騒ぎになれば、ユーゴのリルディの心証は更に悪くなるだろう。

 もとはといえば、自分が迂闊にも怪しげなビンを見つけてしまった所為なのだ。

 メイドとしてがんばっているリルディに、とばっちりが行くのは不憫過ぎる。


「こいつは……どこからか迷いこんだらしい」


 苦しい言い訳を口にする。


「……」


 カイルの発言に、ユーゴはチビリルディをジーッと見てから息を吐き出す。


「なるほど。どこぞの馬鹿が捨てて行ったのでしょう。まったく、犬猫は時たまありますが、ついに人間までとは」


 この屋敷は市街地から離れており、屋敷の周りは人気もない。

 捨て犬捨て猫が多いため、運がいいのか悪いのか、意外にもユーゴはあっさりとその言葉を信じたらしい。


「そういうことでしたか。自分はてっきり、カイル様の隠し子かと」

「そんなわけあるかっ」


 エルンストの心底安心しきった言葉に、カイルは間髪を入れずに声を上げる。


「カイユ、かくしごってなぁに?」


 チビリルディは好奇心一杯の目でカイルを見ている。


「うっ。なんでもない。気にするな」

「?」


 チビリルディの無邪気な問いに答えられず、カイルは言葉を濁す。


「小さなお嬢さん。お名前は?」


 エルンストは、身を屈めチビリルディに優しく問いかける。


「リュリュアーナ!」

「? リュ……もう一度」

「リュリュアーナよ。あなたはだーれ?」

「あぁ。これは失礼。自分はエルンストと言います。はじめまして」


 フェミニストであるエルンストは、チビリルディにも丁寧にそう名乗ると、手の甲に唇を落とす。


「エリュンシュトお兄ちゃま。はーめまして」


 チビリルディはそう言うと、お返しとばかりにエルンストの頬にキスをする。


「……」


 その行為を受けエルンストは、フラフラとリルディから離れ壁にもたれかかり、ハァハァと不自然な呼吸をしている。


「なんだ?」


 その様子を不気味そうに見るカイルとユーゴ。


「い、いえ。自分の家は男ばかりなので……。お兄ちゃまとか言われたのは初めてで。それになぜか、この子とは初めてあった気がしないといいますか……なんだか胸が一杯に」

「あなたは変態ですか」


 ユーゴはあからさまに深いため息をついてから、チビリルディに再度視線を向ける。


「どうやら、自分の名もきちんと言えないようですね。サッサと警ら隊に引き渡しましょう」

「だが……」


 実際は小さくともリルディなのだ。

 警ら隊に引き渡せるはずがない。


「情でも移りましたか? 警ら隊が来るまで私がお預かりいたします」


 ユーゴはチビリルディに手を伸ばす。


「いやっ!」


 リルディは引き離されることを察知し、カイルの首にしがみつき、潤んだ瞳をユーゴに向ける。


「……この方は、あなたなどが触れてはいけない恐れ多い方なのです。さぁ、はやく離れなさい」


 氷の冷相の名に違わない毅然とした態度で、ユーゴは冷たくピシャリと言い放つ。


「イジワルなおじちゃま……きらいっ!」


 チビリルディの言葉に、ユーゴからピシッと音がする。


「うわぁ。子供って残酷ですよね」

「何か言いましたか?」

「いえ、何も」


 エルンストの余計なひと言に、ユーゴの口元が軽くひきつっている。

 表情は変わらないものの、“イジワルなおじちゃま”発言で意外にもダメージを受けたらしい。


「こいつは暫く俺が預かっておく。見つけたのは俺なのだから。もう決めた」

「ですが……」

「カイユ。おなか減ったの」


 真剣な面持ちのカイルとユーゴの間で、チビリルディは緊張感のない声でそう言って、カイルのガラベイヤの袖を引っ張る。


「あ、あぁ。そうか。よし、何か菓子でも捜しに行くか」

「いくー」


 カイルの提案に、チビリルディはパァッと瞳を輝かせる。


「そういうわけだ。一日仕事は休む。仕事の話は明日にしろ」


 そう言い残すと、カイルはチビリルディを抱えたまま書庫を出て行った。


………………


「行ってしまわれましたね。それにしても、あそこまで我を通すカイル様も珍しい。よほどあの子が気に入られたのか」

「はぁ。まったく酔狂な。折をみて連れ出すしかなさそうですね」

「あまり手荒なことはなさらないで下さいよ」


 ユーゴの淡々とした言葉に、エルンストは一抹の不安を感じる。


「ええ。今日一日は放っておきます。私だってそこまで非道じゃありませんから」


 いつになく寛大な言葉を呟く。

 普段ならば、容赦なく警ら隊を呼び出し、正論を盾にサッサッと行動に移しているところだ。


「あ、もしかして“イジワルなおじちゃま”って言われたことを気にしているのですか?」

「……うるさいですよ」


 どうやら図星らしい。

 ユーゴの意外な一面にエルンストは吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえた。

 

………………


 食堂へ向かう途中、カイルたちがバッタリと出会ったのは、ネリーとラウラだった。


「えぇっ!?」

「まぁ」


 カイルとその胸にしがみつくチビリルディを見て、二人は同時に声を上げる。

 メイドたちの間では“刃の君”と呼ばれている、クールでミステリアスな主が、なぜか幼女を抱いている。

 その姿はあまりにもミスマッチだ。


「おい、何かこいつに食べ物をやってくれないか?」


 唖然としているメイド二人に、いつも通り無愛想にそう言い放つ。


「おかちー♪ おかちー♪」


 カイルの腕の中で、チビリルディは上機嫌だ。


「へ? あ、はい! で、その子はえーと、カイル様の……」

「言っておくが隠し子じゃないからな」

「ですよね。うーん。この子、リルディに似ていますよね?」


 ネリーの言葉に、カイルはギクリと肩を揺らす。

 さすがいつも一緒に仕事をしているだけあって、すぐにリルディと結びついたらしい。


「ね! ラウラもそう思わない? ふふ。リルディと並べたらおもしろそう。呼んでこようかしら?」

「やめろっ。余計なことをするな!」


 今にも行動に移しそうなネリーを、咄嗟に強い口調で引きとめる。

 ここでリルディがいないことがバレるのはまずい。

 あまりの強い口調に、ネリーは驚き訝しげな目をカイルに向けている。


「うぅっ。カイユ、こわい……」


 チビリルディも、カイルの剣幕に驚き瞳を潤ませている。


「お、おいっ」


(なんだこれは!? 俺が悪者のようではないか)


 しゃっくりを上げて今にも泣き出しそうなチビリルディを前に、カイルはどうしていいか分からず、ただその場で固まってしまう。


「泣かないで。今、おいしいお菓子を持ってくるよ」

「おかち?」


 ラウラの放った“お菓子”の単語に、チビリルディの表情が明るくなる。


「ネリー、リルディは体調が悪くてお部屋にいるの」

「え!? そうだったの?」

「うん。今は寝ていると思うから、今日は一日そっとしておいてね」


 大きなグルグルメガネで表情は読み取れないが、その声は優しく落ちつている。


「カイル様も心配されていたんですね。そうとは知らず、悪ふざけのようなことを口にしてしまい申し訳ありません」


 ラウラの言葉に、ネリーは神妙な顔でカイルに謝罪する。


「い、いや……」


 状況が呑み込めず、カイルはラウラを見返す。


「では、私は名誉挽回のため、お菓子を持ってきます!」


 そう言うと、ネリーは食堂へと消えて行った。


「お前……」


 ラウラはカイルへと深く礼をする。


「リルディをお願いします」

「分かるのか?」


 “これがリルディだということが”という言葉は確信が持てないため呑み込んだ。


「リルディはリルディだから。どんな姿でも分かるのです。優しく温かい輝きは同じ」


 表情は見えなくとも、リルディへと微笑みを向けているのが分かる。

 チビリルディも嬉しそうに、ニコニコと笑っている。


「俺が……何とかする」

「はい。きっと大丈夫なのです」

「あぁ」


 何の根拠もない言葉。

 それでも、それはカイルにとっては救いの言葉だった。


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