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そして姫君は恋を知る  作者: 未華
1周年記念小説
81/180

そして天使は舞い降りた~カイルの長い一日~(1)

連載1周年記念の番外編です。



 カイルの長い一日は、不可思議なビンを見つけたところから始まった。


 その日、カイルは気まぐれに書庫にある棚の整理をしていた。


(あいつにあぁも毎日頑張られると、俺も何もしないわけにはいかぬしな)


 などと、心の中で言い訳がましく呟く。

 “あいつ”というのは、もちろんリルディのことだ。


(まさか、お茶が目当てとは今さら言えるわけもない)


 棚に詰まっている荷物をポイッポイッと外に放り出しながら息を付く。

 リルディに任せた書庫整理というのは、カイルにとって、ただの名目だけのはずだった。

 実際、部屋に本が溢れかえっているところで、カイルとしては大して困ることもない。

 少しばかり身の置き場が少ないが、それだって、誰が訪れる場所でもないのだ。

 気にかけるようなことではない。

 ただ、リルディの入れた紅茶を誰にも邪魔されずに飲みたい。

 そして出来れば、リルディが傍らにいれてくれたら……そんな邪な想いがあって、リルディに書庫整理を任命したのだ。

 それなのに、リルディはメイドとしてその仕事を、カイルが驚くほどに精力的に行っている。

 カイルとしてもただ眺めているだけ……というのも気が引けてきた今日この頃なのだ。


 というわけで、書庫にある物入れの棚を整理(というかものを引っ張りだしているだけだが)しようと思い立ったのだった。


「なんだ? これは?」


 棚の一番奥から出て来たのは、青みがかった半透明のビン。

 良く見れば、ビンの中で何か気体が渦巻いている。

 張られたラベルの文字を読み、あまりの胡散臭さにカイルは眉をひそめる。

 ラベルには“万能薬”という文字が棒線で消され、“若返りの秘薬”と書かれているのである。


「……これは後で確実に処分しなければ」


 この屋敷の元の持ち主は、魔術書収集の他に、薬品作りの趣味も持っていた。

 昔、怪しげな薬の数々を見ていたカイルは、これは直感的に危険だと察した。


「それにしても疲れた……。慣れぬことはするものではないな」


 危険なビンを割らないよう長テーブルの真ん中に置くと、休息を取るため窓辺に寄りかかり目を閉じた。


 ………………


「うわっ。何これ!? カイル……寝てるし」


 まどろむ中、リルディの声が聞こえてくる。


(あぁ、そうか。棚の整理の途中だったな。俺は眠っていたのか?)


 寝ている姿を見られてすぐに起きるのも、何だかバツが悪い。

 意識はほとんど覚醒していたが、目を閉じたままリルディの気配を追う。


「あれ? これって何だろう? 若返りの秘薬? あ!」


 ガッシャーン!


 聞こえてきた言葉のあとに続き何かが割れる音。


「まさか!?」


 カイルはその音にギョッとし、慌てて立ち上がると、リルディの元へと向かう。


「リルディ! どうし……何だこれは!?」


 ビンがあった場所一体にモクモクと青い煙が渦巻いている。


「カイル? ゲホゲホッ。ごめん、ビン割っちゃって……!」


 リルディの声が途切れるが、何があったのかは煙で見えない。


「リルディ!?」


 手を伸ばしその姿を探るが、空を切るばかりでますます焦る。

 まるで煙と共に消えてしまったかのようだ。


「おいっ。返事をしろ!」

「あい?」


 焦るカイルの強い口調に答えが返ってくる。 


「?」


 微かな安堵を覚えつつ、何かがおかしい。

 やがて、煙は霧散し視界が一気に開ける。


「なっ」


 リルディを見つけカイルは絶句する。

 そこにはリルディが……いや、チビリルディが座り込んでいたのだった。



「お、落ち着け。落ち着け俺!」


 まさしく未知との遭遇。

 目の前の物体を見て、カイルは頭を抱えブツブツと呟く。

 ちょこんと座っているリルディは縮んでいた。

 しかもその容姿は三歳程度の幼子のもの。

 まさにリルディの小さいバージョン。

 チビリルディだった。

 長い黒髪に、好奇心旺盛そうなクリクリとした青い瞳。

 この大陸の民にしては白すぎる肌の色。

 極めつけは、チビリルディは大きすぎるメイド服を肩にひっかけていた。

 まるで、今までそれを着ていたかのように。

 すべてが、リルディであることと符合している。


「リルディ……なのか?」


 軽く目眩を覚えながらカイルは問いかける。


「だーれ?」


 カイルの問いには答えず、チビリルディはキョトンとした顔で小首を傾げる。

 その仕草もリルディそのものだ。


「カイルだ。分からないのか?」

「カイユ?」


 立ち上がろうとするが、メイド服が重いのか尻もちを付く。


「ふにゃあ」


 猫の子のように不満げに鳴く。


「まったく……」


 チビリルディからメイド服を取り除き、カイルは自分が巻いていた薄手のストールを器用に少女に巻きつける。

 そうすると、小さな少女には丁度肩だしのワンピースのように見える。


「へへっ。かーいい」


 嬉しそうにトテトテとカイルの周りを走り回る。


「こらっ、ジッとしていろ」


 近くには割れたビンの破片もある。

 カイルはヒヤリとして、チビリルディを抱き上げる。


「ひゃー、たかい、たかいね」

「なぜ、はしゃぐ……」


 何が何だか分からず困惑するカイルは、思わず恨めしげにチビリルディを見る。

 と、ニッコリと満面の笑みを返された。


「カイユ、すきー」

「!?」


 リルディだろう少女にギュっと首に抱きつかれ、カイルは思わず目をシロクロさせる。


「何なんだこれは……。俺はまだ寝ているのか?」


 夢オチならどんなにいいだろうと思いながら、とりあえずリルディを抱き上げたまま、フラフラと歩きまわる。


「カイル様―。いらっしゃいますか?」

「失礼致します」


 エルンストとユーゴの声だった。


(まずいっ)


 そう思ったと同時に、チビリルディが声を上げる。


「カイユはココよー!」


 ギョッとしてチビリルディを見ると、得意げな顔をしている。

 居場所を教えてあげた。

 いいことをした……そう思っているらしい。


「……」


 そんな顔をされたら怒るわけにもいかない。

 それに怒ったところで、意味を理解するかは怪しい。

 恐るべし幼子。


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