ラブ・トライアングル(3)
「レイ、戯れもいい加減にしろ」
じたばたとしていると、カイルのいつもより低い声が私の耳に届き顔を上げる。
多分カイルは怒っているのだと思う。
今まで見たこともない殺気だった目がそれをあらわしている。
「まずはリルディを離せ。そいつは俺の預かりものだ。勝手に触れることは許さぬ」
静かな声だけれど、私ですらビクッとしてしまう程に低く冷たい。
「……恐いなぁ。触れるくらい、いいじゃないか。案外ケチだな。カイル兄上は」
そう言いながらも、レイは私を解放する。
「お前は下がれ」
戒めが解かれ、胸をなで下ろす私に、固い声のままカイルはそう言い放つ。
そこにはどこか、付き離すような響きがあって不安になる。
「カイル! 私は此処に居たい。どこにも行きたくないよ」
思わず言葉が出てしまった。
カイルから離れるなんて絶対に嫌だ。
私はカイルがいるこの場所が好きなのだ。
「リルディ」
カイルに名を呼ばれ震える。
拒絶されたらと思うと恐くて、不覚にも泣きそうになって慌てて俯く。
「お前は相変わらず変な奴だ。“此処に居たい”なんて、おかしいだろう」
カイルの呆れたような声。
(変だけどそうなんだから、仕方ないじゃない)
私はエルン国の姫でイセン国王に嫁ぐかもしれない。
此処にずっといられるわけじゃないのは分かっている。
それでも、此処から離れたくないっていう気持ちは本当だ。
「だが少なくとも、お前の意志で此処を出るまでは、俺がお前を離さない」
優しい声が私の耳に届いて顔を上げると、カイルの背が私をかばうようにあった。
「こいつは訳あって俺が預かっている者だ。お前に渡すわけにはいかない」
「預かっている? ただのメイドじゃないわけ?」
「メイド……もどき。そもそも押しかけメイドだしな。“ただの”メイドではないな」
怪訝そうなレイの問いに、カイルはそう言い放つ。
「ち、ちょっと、“もどき”って何よ! ちゃんとメイドでしょ!?」
「お前、ユーゴのメイド採点表見たか?」
聞き捨てならない言葉に反論すると、カイルはシラッと切り返す。
「メイド採点表ってなに?」
「別名メイド首切り表。落第点を取ると自動的にリストラ対象になる。毎回舌うちしながら“あと少しで対象入りなのに”と呟いているぞ」
「嘘でしょっ」
そんな恐ろしいものが存在するなんて知らなかった。
しかも、舌うちしながらっていうのがリアルすぎて怖いっ。
「そう言うわけだ。後は俺に任せて、サッサとお前は仕事に戻れ。首になりたくなければな」
「ありがとう。カイル」
からかうように言いながらも、その言葉には私への気遣いを含んでいるのを感じる。
「レイ。私は此処を離れないわ。だから、あなたとは行かない」
レイは私の意志を聞かなかったけれど、私はきちんと伝えておきたくて、そう言葉を紡ぐ。
「リルディもカイル兄上がいいんだね」
「え?」
無表情で、レイは私を射抜くように強い瞳で見ている。
今までクルクルと感情を表情に出すレイとはかけ離れていて面喰う。
「リルディは僕が嫌い?」
向けられた瞳は真剣身を帯びていて、どこか鬼気迫るものさえある。
「ううん。嫌いじゃないよ。さっきのは驚いたけど」
その瞳に蹴落とされそうになりながらも、私も真っ直ぐに目を見て答える。
「そうか。なら、よかった」
答えを聞いたレイはいつものように人懐っこい笑みを浮かべる。
「僕、障害があると燃えるタイプだし」
「へ?」
と、続いた言葉に思わずおかしな声が出てしまった。
「ますます気に入った。つまり、リルディが僕の下に来たいと言えば、カイル兄上は止めないってことだよね?」
「……」
「無言は肯定ってことだ。これは何だか楽しくなって来たな」
後ろでテオさんが苦虫をつぶしたような顔で頭を振っているのが見える。
カイルはといえば、眉間には深い皺が刻まれ、口元がひきつっている。
(何だかおかしなことになってきている?)
ユーゴさんが言っていた“レイに目を付けられた”っていう意味。
今さらながら、分かった気がしたのだった。