騎士、姫君と旅立つ(3)
ここエルン国は平和だ。
故に、王宮といえど必要最低限の警備しかされていない。
姫様への部屋にも、すんなりと辿りついてしまう。
実は、魔術師の護りがあるのではないかと言われているが、真実は分からない。
なぜなら平和過ぎて、護られるべき事件が起きないからだ。
フレデリク王は豪胆で、いつも飄々とされているが、賢王として名高い方だ。
今まで争いの火種となることは、小事のうちに手を打たれていた。
平和すぎるこの国は、王たるフレデリク様の采配の賜物なのだ。
今回の、姫様の縁談も王の深い考えあってのことだと思われる。
でなければ突然、あんな大国との縁談を組むはずがない。
けれど、それと姫様のお気持ちとは別の話だ。
それを、王も分かっているはずだというのに、なぜあのように姫様に話されてしまったのか。
姫様の混乱と憤りはもっともなことで、その気持ちが痛いほどに分かる。
だからこそ、いくらアンヌ様に説得されたからと言って、すんなり大人しくしているのは姫様らしくない。
そう思ってしまうのは、俺の考えすぎだろうか?
「姫様」
静まり返った回廊では、囁くようなその声も大きく聞こえる。
夜の帳が落ちてから大分立つ。
(もうお休みになったのか)
むむっ。と思案する。
さすがに、返事がないのに部屋に入るわけにはいかない。
ガタッ。
その時、部屋の中で微かに物音がした。
「……」
神経を集中してみると、人の動く気配を感じる。
しかもこれは姫様のもの。
「姫様?」
もう一度声をかけてみるが、やはり返事はない。
(まさか!)
閃くものがあった。
直感というか、もはや確信に近い。
俺は踵を返すと一目散に駆け出した。
………………
「やっぱりですか」
「ク、クラウス!?」
息せき切ってその場に駆けつけた俺は、予想通りの光景に脱力する。
目の前には、窓の桟に足をかけたまま停止している姫様の姿。
とても王族とは思えない格好だ。
「何をされているのですか?」
「えっと……ちょっと散歩に」
「窓からですか? そんな格好で荷物を持って」
姫様は動きやすいガラベイヤに、すっぽりとスカーフと厚手のマントを羽織っている。
そのうえ、肩には斜めがけにした大きなバック。
(散歩じゃなくて、どう見ても家出じゃないか)
この窓から出れば、人目につかずに抜け道を使い城から出られることは、俺もよく知っている。
「家出をするほどに縁談が嫌ならば、俺からも王に進言しますよ。今回のことは、俺個人としては、あまり賛成できないことですし」
「家出じゃないわよ」
窓を跨いで、軽々と外に飛び出してきた姫様は、膝についた砂を叩きながら憮然とした顔で言い放つ。
「そんな分かりやすい格好していて、説得力ゼロですって」
「私、イセン国王に会いに行くの」
「はい!?」
何の冗談かと姫様をみれば、その目は真剣そのものだった。