ラブ・トライアングル(2)
「だけど、おかげで運命の出会いもあったし、今回のことはむしろ褒めてやりたいくらいだけど」
その言葉と共に、嬉しそうな瞳とどこか威嚇するような瞳、正反対の二人の視線が私へと向き我に返る。
「あ! 今、お茶を入れます」
うっかり見とれていたけれど、私は今仕事中だったんだ。
それにしても視線が痛すぎる。
必要以上に緊張してしまう。
「どうぞ」
「ありがとう」
「……」
爽やかな笑顔でお礼を言うレイとは対照的に、無言で受け取るテオさんは、どこか私を警戒しているようにも見える。
「へぇ」
「これは……」
お茶に口を付けた二人は同時に声を上げる。
「すごくいいね」
「うまいな。意外だ」
その反応に思わず口元が緩む。
(イザベラ直伝の紅茶は本当にすごいわ)
普段飲み慣れていて気がつかなかったけれど、今さらながら自分のメイドが優秀なのだと思い知らされる。
「では、ごゆっくり」
「あ、待って」
イザベラを真似て、優雅にお辞儀をして退出しようとした時、レイが私を引きとめる。
「はい?」
「君は此処だよ」
ニコニコとしながら、自分の隣の客椅子をポンポンと叩く。
その仕草はどう見ても“此処に座れ”という意味に見える。
「仕事中だからダメだよ。もう行かなきゃ」
「お客様の相手もメイドの仕事。いいから此処に座って。ね?」
優しい口調だけど、そこには有無を言わさない強引さがある。
私は思わず助けを求めるように、後ろに控えているテオさんにチラリと視線を向ける。
(い、威嚇されてる!?)
険しい顔で私をジッと見て……というか睨んでいる。
声には出さないけど“近づくな”というオーラがヒシヒシと伝わる。
レイとテオさんの反応が真逆過ぎて、その場は混とんとしている。
「いえ。本当に仕事に戻らなくちゃいけないから」
ネリーの忠告通りここは逃げるに限る。
そう思って慌ててドアノブに手をかけようとしたけれど、不意にドアが開き私はバランスを崩し、入ってきた人物に体当たりする形となった。
「ご、ごめんなさい!」
「いや……!?」
その相手を見て驚き目を瞬く。
同じように相手も面喰らったように目を見開いている。
「カイル……様」
よく考えれば予想は出来たことだ。
レイはカイルの弟。
此処に来たということは、カイルに会いに来たということ。
「……」
それにしても数日会ってないだけなのに、すごく久しぶりな気がしてしまう。
何だか嬉しいような切ないような変な気分だ。
「……」
カイルは私を見て表情を緩ませた。
私も嬉しくて笑みを向ける。
「お前はもう下がれ」
けれど目が合うと、不自然なほど早く視線を反らし、静かに言い放つ。
その声はどこか固く妙な違和感がある。
そう感じても、今は何の追求も出来ない。
私はメイドでカイルは主で。
だから、素直に返事をして下がるしかない。
「……はい」
「ダメだよ。リルディも此処に居て。君にも聞いてほしいから」
「レイ。どういうつもりだ」
私を引きとめる言葉に、カイルはどこか苛立ちを含んだ声で鋭い視線を、言葉を発したレイに向ける。
私も意味が分からずレイを振り返る。
ニコニコと微笑むレイと無表情に近いテオさん。
やっぱり何だかおかしな雰囲気だ。
「単刀直入に言うとね……」
徐に立ち上がったレイは私の前まで歩み寄ると、ごく自然な動きで私の肩を抱き引き寄せる。
「レイ?」
何がしたいのか、何を言いたいのか訳が分からず私はただ呆気にとられる。
「僕、このメイドが気に入ったんだ。リルディを僕にちょうだいよ」
「え? えぇ!! 冗談でしょ!?」
あまりにも突拍子もない言葉に驚き、レイの腕を逃れようとするけれど、その力は意外に強く離れられない。
肩を抱かれる……というよりは、羽交い絞めにされている感じだ。
「ふふ。ダメダメ。逃げないで。リルディ」
なぜか楽しそうなレイの声が降ってくる。
まるでお気に入りの小動物を手放さない無邪気な子供みたいな声。
「いいでしょ? カイル兄上」
更に畳みかけるようにレイは、私を捕まえたままカイルに言葉を向ける。
(ていうか、私の意志は!? 何なのこれ?)
レイは私のことを、“人”としてではなく、“物”のように扱っている。
そのことが、何だか無性に腹立たしい。