嵐が来るその前に(2)
「だから私は反対だったというのに。どうにも、あなたは嵐を呼ぶ天才のようですね」
「それってどういう……」
言いかけた時、窓が大きく音を立てる。
窓の外に目を向けると、いつの間にか太陽は厚い雲に覆われ、空は灰色に染まっていた。
遠くから微かに雷鳴が聞こえてくる。
一年の大半は青空と太陽のこの大陸だけど、突然に激しい風と雨に襲われることがある。
恵みの雨ではあるけれど、空の色は陰気で、どこか不吉な感じさえしてしまう。
「スコールが来ますね」
ユーゴさんはそう言うと立ち上がる。
清められた手は、いつの間にか綺麗な布に包まれていた。
「ありがとうございました」
ペコリと頭を下げ、顔を上げるとユーゴさんの深く青い瞳とかち合う。
「私はあなたを認めていません」
「え?」
ユーゴさんはキッパリとした口調で言い放ち、視線をそらさず私を見据える。
無表情の顔からは思考が読み取れない。
けれど、私とは色身の違う青い瞳が何か強い意志を映すように真っ直ぐに向けられている。
「どうしてそんなこと……」
唐突な言葉の意味を図りかねて、私は喘ぐように言葉を零す。
「あなたには無理です。もう帰るべきだ。嵐に巻き込まれる前に。あなたの国に」
その言葉は、まるで私のすべてを知っているかのようでギクリとする。
「帰りません」
けれど、反射的にそう答えていた。
挑むように向けられたその視線を、どうしても反らしたくなかったのだ。
ユーゴさんの考えも意図も分からない。
けれど、確実に分かることは、ここで肯けば、私は逃げることになるということだ。
“自分が選んだ道からは逃げない”
それは、幼い頃から自分が自分であるために守ってきたこと。
私の答えに、ユーゴさんは一瞬目を見開く。
「!?」
そうしてから、微かに笑み優しい瞳を私に向ける。
まるで大切なものを慈しむかのように、その目は温かく優しい。
今まで一度も見たことがない顔。
「………………!」
けれどそれも一瞬のことで、驚きをそのまま顔に出ていただろう私の顔を見て、ユーゴさんは我に返ったように表情をあらためる。
(一瞬だったけど見間違えじゃないよね!?)
前にラウラが言っていた“優しい目をしたユーゴさん”
それをまじかで見てしまった。
などと感動していると、ユーゴさんはいつもの呆れたような覚めた目で私を見下ろす。
「あなたは何も分かっていない。いつかその決断を後悔することになるでしょう」
低い声が降ってくる。
「どういう意味ですか?」
「……」
サアァーッ。
何かを呟いたユーゴさんの言葉は、降り始めた雨音にかき消され、私の耳に届かない。
「あの、今なんて……」
「のんびりしていて良いのですか?」
「へ? あぁ!? では、私は急いで書庫に行ってきます」
すでにいつも書庫に向かう時間が過ぎていることを思い出し、慌てて立ち上がる。
「ユーゴさん! ありがとうございました」
「別にあなたのためではありません。これも仕事の一つですから。今後、これ以上仕事を増やさないでください」
冷たく言い放たれたけれど、不思議と前ほど怖いとは思わない。
「はい。気を付けます。それでは失礼します」
一礼すると、私はカイルが待つ書庫へ向かうのだった。