再会は赤く染まる
カイル視点。
再会は唐突に訪れた。
『私は還る。翼のない天翼は、天翼じゃない。所詮、私とお前とは生きる世界が違うんだ』
テオの翼を見たことがある。
背に広がる大きく真っ白な翼は、今まで見たどんなものより綺麗で神聖で。
テオは俺の憧れだった。
テオがいてクリスがいるこの場所。
俺の世界はそれだけで満たされていたんだ。
それなのに、それは呆気なく終わりを迎える。
あの日、クリスが死んですぐテオは俺に背を向けた。
けれど、その背には翼がなかった。
最後に翼を見せなかったのは、俺に対する配慮なのか、それともその価値さえないと思ったのか。
ただ分かっていたことは、“見捨てられた”ということと、もう二度とテオは俺の下に現れらないだろうということ。
そう、思っていたのに……。
「なぜ?」
言葉が続かない。
目の前にいるその姿が信じられず、ただ茫然と立ち尽くす。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
まるであの時のことなどなかったかのように、昔と変わらない態度で言い放つ。
「……」
反応を示さない俺を見てテオは小さく息を付く。
「まさか、こんな場所でお前に会うとはな。油断していた」
立ちつくす俺になのか、自分自身へなのか、言い訳めいた言葉を口にする。
リルディを捜しに来たはずだった。
書庫に向かう途中、リルディの姿を見かけたのだ。
なぜか空を舞うシーツを追いかけていて、相変わらずの危なっかしい姿に、苦笑しつつ見過ごせずに庭へと出た。
出たと同時に、いるはずのないこの男に行き会ったのだ。
「空に還ったのではないのか?」
声がうまく出ず、百年ぶりに出たのかと言うほどに干乾びている。
「大人の事情だ。色々あるんだ。私にも」
「あの時、俺を見捨てたのも大人の事情か」
その言葉にテオは笑う。
ただその笑みは、俺を突き放すかのように冷たい。
最後にみた、造りもののあの笑顔。
「そうだ。だが、正解だっただろう? お前は、此処で最高の地位についた。世界の隅っこで引きこもりをしていた子供がよく這いあがったものだ」
「ふざけるな……」
怒りで声が震える。
何かドロドロしたものを呑み込んだように、胸がムカついて吐き気がこみ上げる。
「貴様に何が分かるというんだっ。正解だと? 俺をあいつに売ったくせに、よくも抜け抜けと言える!」
体中に熱が溜まるのを感じる。
怒りが空しさが哀しみが、魔力を増殖させる。
その熱さが、俺の思考回路をも溶かしていく。
ただ感情の赴くままにその熱を放出させる。
「カイル!」
まるでスパークしたかのような意識の片隅に、テオの声が響く。
「あ……」
我に返ると、暗闇が広がっている。
いや違う。
両目を手で覆われているのだ。
片腕をきつく掴まれている感触。
もう片方には何かヌルリとしたものが指に絡みついている。
「落ち着いたか。ゆっくり体の力を抜け」
テオに言われて、訳も分からず肢体の力を抜く。
と、そのままストンと膝が落ちる。ほんの少し力を抜いただけのはずだった。
(おかしい。力の加減が出来ない)
視界はいつの間にか解放されていた。
ぼんやりとしながら視線を落とす。
「!?」
地面に付いた手が赤い。
まるで、赤い液体に手を浸していたかのように。
「手痛い歓迎とはまさにこういうことか」
よく通る軽口に見上げれば、テオの胸元が赤く染まっている。
「俺が……」
“魔力の暴発”だ。
強すぎる魔力が、感情の急激な乱れで意志とは関係なく放たれること。
恐れていたことが起きてしまった。
強く強く戒めていたというのに、こんなにも呆気なく。
テオが身を呈して受け止めたから、大した被害なく最小で収められた。
しかしもし、あのまま暴走をしてしまっていたら……。
「なぜ、お前が死にそうな顔をしている。心臓は外れているし問題はない。“天翼”の治癒能力は人間の比ではない。人間でいうところの、犬に噛まれたようものだ」
「馬鹿みたいに笑っている場合か! 誰か手当する者を連れて来る」
胸からダラダラ血を垂れ流しているくせに、緊張感なく説明するテオの姿に、苛立ちが募りながらも冷静さを取り戻す。
「それはこちらの台詞だ。この状況、どうやって説明する? 冷静になれ。放っておけば止まる」
未だ掴まれたままの片腕に力が込められる。
「なっ。放っておけるか!」
「うるさい。わめくな。それなら、お前が止血しろ」
まるで手伝いをさせてほしいとせがむ子供をあやすかのように、面倒くさそうに言い放つと、その場にどっかりと座りこむ。
「……」
反論しようにも言葉が出てこない。
テオの言葉は正しい。
魔術による怪我も天翼がこの場にいることも、説明のしようなどない。
「少し待て」
「なっ。そんな状態で……」
テオの声を無視して魔術で飛び、救護具を持って再び戻る。
「……さっき暴発させて、すぐまた普通に飛べるのか」
呆気にとられた顔をしたテオを無視して、救護具から包帯を取り出し、止血を始める。
「……」
「……」
包帯を巻きつける度に、荒くなる息を押しとどめるテオの息遣いが伝わる。
いくら治癒能力が高いからといって、痛みがないわけではないはずだ。
それなのに、呻き一つ発さないテオの姿に、苦いものがこみ上げる。
「これは私が悪い。この時期に、こんなかたちでお前に会うべきじゃなかったんだ。不測の事態とはいえ迂闊だった」
テオは俺の心を見透かすように言い放つ。
「なぜ、此処にお前がいるんだ」
空ではなく地上に。
世界のどこか遠くではなくイセン国の、しかも俺が今いるこの屋敷に。
それは偶然では片付けられない。
「私の“主”のお供だ」
テオはにべなく答える。
「主だと?」
人よりも神に近いと言われる“天翼”であるテオが、この地上で誰に仕えるというのだ?
「それに所縁ある場所だ。少し散策していたのだが、お前に行き会うとは想定外だった」
言い訳がましくそう続けるが、そんなことより聞きたいことがる。
「お前の“主”は誰なんだ?」
この屋敷の存在を知る者は数少ない。
そして此処に訪れるものは更に少ない。
「……レイモンド。それが俺の主だよ」
ほんの数拍あけて、テオは思ってもみなかった名を口にした。