運命の出会い?(3)
「南の国にね、リンゲン国という国があるんだ。もう十年くらい前の話だけど。そのお城で、君とよく似た金色の髪の女の子に会ったんだ。可愛いドレスを着ていて、きっとどこかの貴族のお嬢様だと思うんだけど」
リンゲン国城で出会った金色の髪の女の子。
(それ、もしかしなくても私だ。多分……ていうか間違いなく)
思わず血の気が引く。
リンゲン国王と父様は友人で、小さな頃からよく遊びに行っていたもの。
あの当時、自分の容姿が人と異なると認識したのもあのくらいの時だった。
何かの集まりの度に、うんざりするくらい注目されていたっけ。
それくらい、金の髪と白い肌は珍しいものだった。
「わ、私は見ての通りの黒髪だし。人違いだよ!」
「いや、でも髪の色意外そっくりだし。彼女が大きくなったらっていう、イメージドンピシャ。昔さ、リンゲン国城に行ったことない?」
「な、ない! そんなところ行ったことないわよ」
「変だな。見れば見るほど似ているんだけど……。本当に違うの?」
身をかがめ、再度私を覗き込むレイ。
(絶対マズイ! 何とか誤魔化さなきゃっ)
そんなことを心の中で叫びながら、少しづず後づ去りをしてみたものの、都度一歩進んでくるレイに、とうとう追い詰められてしまった。
私のすぐ後ろには大木があり、これ以上は逃げられない。
(どうしよう!? 何も浮かばないよぉ)
真っ直ぐ向けられた漆黒の瞳に囚われ、言い訳どころか声すらうまく出てこない。
思考回路が完全に停止している。
「何をされているのですか?」
絶対絶命のその時、聞こえてきた声に我に返る。
助けを求めて目を向けると、そこにはユーゴさんの姿があった。
無表情のままレイに視線を送り、次に私と目が合うと盛大にため息をつく。
「うちのメイドがなにか、粗相を致しましたか?」
「リルディ、大丈夫?」
「ラウラ」
ユーゴさんの後ろから、ラウラがパタパタと走り寄ってきて、レイにお辞儀をしてから、私の腕を引いてユーゴさんの方へと連れ出してくれる。
それを見たレイは、ちょっと不満そうに口を尖らせたけれど、やれやれと言うように肩を竦めただけだった。
「別に。それにしても、君はまたおもしろいことをしているねぇ」
ユーゴさんを繁々と眺めてから、おかしくて仕方ないというように口元に手を置き、クックッと低く笑う。
けれどその様子にも、一片の動揺もなく口を開くユーゴさん。
「仕事ですから。面白いも何もありません」
「?」
私にはよく分からないやり取り。
どうやらレイは、ユーゴさんの知り合いみたいだ。
「それより、なぜあなたが此処に?」
「うーん。ちょっと遊びに来ただけだよ。そうしたら、“運命の出会い”があったんだ」
大げさなことを言って私へと嬉しそうに視線を向ける。
「ちょうどいいや。ユーゴなら知っているよね? リルディって、南の国にあるリンゲン国に所縁ある令嬢とかじゃない?」
よりにもよってユーゴさんの前で、その話を蒸し返すなんて!
ダラダラと冷や汗が出てくる。
「御冗談でしょう。ただの不出来なメイドです。どなたと勘違いされているのかは存じ上げませんが、その方に失礼ですよ」
一笑に伏して、ユーゴさんは歯牙にもかけずに言い放つ。
“不出来”という言葉は、ちょっと胸にグサリときたけれど、この言葉に便乗しない手はない!
「そうだよ! どこかの令嬢が、私みたいに木登りをして、しかもうっかり落ちる……なんてドジなはずない!」
「木登りをして……落ちた?」
力強く言い放った言葉に、ユーゴさんが反応して、冷たい刃のような視線を私に向けて来た。
「リルディ、木から落ちた? 怪我ない?」
ラウラが心配そうな声で問いかける。
「大丈夫。ちょうど僕の上に落ちたから、奇跡的にも無傷だよ。僕はこう見えて体は鍛えているからね。いいクッションになったみたいだ」
「……」
冷たい……ていうか殺気すら感じる視線が向けられているのをヒシヒシと感じる。
(うっ。まずい。今度は違う意味でアウトだ)
ユーゴさんの絶対零度の視線で、この日差しの中、体が冷えて行くのを感じる。
「確かに、令嬢がメイドになるなんて突拍子もないかな」
そう言ってから小さく笑う。
確かに、冗談で言っても信じてもらえないレベルの話だ。
(実際は令嬢どころか一国の姫なんだけどね)
何だか複雑な気分で、心の中でつぶやく。
「他人のそら似かぁ。……でもほしいな。うん。やっぱりほしい」
独り心地で口の中で言葉を転がす。
「レイ?」
「こっちの話。また出直してくる。今度改めて兄上にお願いしに来るから。待っていてね。リルディ」
意味ありげな微笑みを残し、紺色の長いジャケットを翻し踵を返す。
「そちらは正門とは逆です。レイモンド様」
「……」
ユーゴさんの冷静なツッコミに動きを止める。
(もしかしてレイって方向音痴?)
それならば、正門まで送り届けてあげた方がいいよね?
「ラウラ。レイモンド様をお送りするように」
「はい。こちらです」
「あぁ。どうも」
私が動くより先に、ユーゴさんがラウラにそう指示を出し、レイも素直にその後に続く。
(はっ! ……これって最悪なパターンじゃ)
ユーゴさんと二人きりで残された私は、冷や汗が継続されている。
「それで、あなたは何をやっているのですか?」
いつもより更に低いその声に、私は顔を上げることが出来ずに固まるのだった。