運命の出会い?(2)
若い男の人だ。
癖のある長めの黒髪。
形のいい細い眉に二重の切れ長の瞳。
鼻筋の通ったその顔は、綺麗だけれどどこか冷たい雰囲気がある。
それになんだろう?
妙に誰かに似ている気がする。
「……」
「……?」
首を捻っている私を、ジーっと見つめたまま相手も停止している。
彫刻みたいに微動だにせず、ただ私をひどく驚いた顔で見つめている。
「あの?」
おずおずと問いかけると、時が動き出したかのように数度目を瞬く。
そうしてから、人懐っこい笑みを浮かべる。
笑うとガラリと印象が変わる。
その顔は無邪気で可愛いとも形容できるものだ。
「空から女の子が降ってきたのは初めてだ」
満面の笑顔で愉快そうに言い放つ。
「ご、ごめんなさい! あの、怪我とかしていないですか!?」
その言葉に我に返り、今度は慎重に立ち上がり体を離す。
「平気。それにしても、なかなか貴重な体験だ。女の子に寝込みを襲われるなんて」
「違っ。お、襲うつもりなんてなくて……でも、結果的に襲ったことになるのかしら?」
「冗談だよ。冗談。むしろこんなところで寝転んでいた僕が悪いんだ。それに、これってむしろラッキーだし」
ますます楽しそうにそう言いながら、緩慢な動きで立ち上がる。
クルクルとよく表情が変わる人だ。
濃い紺色の長いジャケットには、繊細な刺繍が施されており、中に着こんでいる絹のシャツにはオシャレにレースが縫い付けられている。
白いズボンをスラリと着こなす姿は、洗練された優雅さがある。
かなり華美な服装だけど、この人にはすごく合っているし、どこか品の良さを感じる。
「君こそ、怪我はない?」
「あ、はい! 私は大丈夫です!」
と言いつつ、手の甲を軽く切ってしまったのだけど、大したこともない。
慌ててシーツで隠してそう答える。
「それより、どうしてこんなところに?」
ここは屋敷の裏手部分にあたる。
服装からいって使用人というわけでもなさそうだし、そもそも始めてみる顔だ。
そんな人がなぜ、木の下で寝転んでいたのだろう?
「それが恥ずかしい話、僕はただいま絶賛迷子中なんだ」
「絶賛……迷子中?」
おかしな言い回しに首を傾げていると、ウンウンと肯き「聞いてくれるかな?」と前置きして、悲壮な顔で話し始める。
「実は連れが少し目を離した隙に消えてしまってね。だから仕方なく、捜していたんだけれど、まったく見つけ出せなくてさ。むかつくから先に帰ってやろうと思ったら、今度は出口が見つからなくて」
そこまで言い終えると、遠い目をしてため息を付く。
「正門なら、ここを右に曲がって後は石段を道なりに進めばありますけど」
「マジ!? 僕、ここら辺を三周くらいしたんだけどな」
驚愕の表情をしているけれど、正直たどり着かない方が難しいほどに単純な道順なのだけど。
「ともかく、何だか面倒くさくなってきてさ。とりあえず休憩して、ここに寝転んだわけ。そうしたら、横になった途端に、君が降って来たんだよ」
「そうだったんですね。ごめんなさい。休んでいるところに」
「いいや。あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕はレイモンド。レイで構わない。君は?」
「私はリルディって言います」
「そう。よろしく、リルディ! 出来ればこれから、じっくりゆっくりお近づきになりたい。その、まずは友達になってくれる?」
妙に真剣な顔でそう問われる。
そのうえ、いつの間にか両手を握りしめられているし。
「へ? あ、はい。かまいませんけど……」
唐突な申し出にちょっと呆気にとられる。
「じゃあ、敬語じゃなくて、もっと砕けた口調でいいよ。ね?」
口元に人差し指を置いて、ウィンクしてみせるレイ。
「は、うん」
肯く私を見て心底嬉しそうに笑む。
(あ、もしかしてここら辺に友達がいないのかな?)
レイのこの服装は北の国のもの。
きっと出身が北の国で、東の国であるイセン国に友達が少ないのだろう。
そういう結論に達して合点がいく。
「それで、リルディは木の上で何をしていたの?」
「シーツが風でひっかかっちゃって。それを取りにこの木に登ったんだけど、気を抜いたら落ちちゃったの」
「それはすごい。こんな高い木、良く登れたものだ」
感心したように言いながら、レイは大木を仰ぎ見る。
「木のぼりには自信があったんだけど、考え事をしていたら足を滑らせちゃって。本当にごめん……」
と、言いかけた途中で唐突に頬に触れられ、顔を覗き込まれる。
レイの端正な顔がすぐ近くにある。
「!?」
いきなりのことに呆気にとられ目を瞬く。
「うーん」
「あ、あの……」
「変だなぁ」
私の頬に触れていた手が、何かを確認するかのように、首筋から肩に、そして今は黒いその髪に触れ離れていく。
「変?」
「うん。その黒髪。僕、いろんな国を周っているけれど、君みたいな子を見たことがないんだ」
探るような視線を向けたまま目を細める。
「白い肌に青い瞳。まるでトリア大陸の民みたいだ」
その言葉に心臓が盛大に跳ね上がる。
レイは更に続けて言葉を紡ぐ。
「それなのに髪は漆黒。まるで髪だけパーツ変えたみたいにさ」
「……た、確かに私には、トリア大陸の民の血が混じっているわよ? それに、何か問題があるの?」
思わず声が硬くなってしまう。
何のことはない顔を装うけれど、暑さからじゃない汗が吹き出すのを止められない。
「あぁ。気を悪くしたのなら謝る。そういうことじゃなくて、リルディが、昔出会ったことのある金の髪の女の子に似ているから」
レイは優しい瞳ではにかんだ笑みを浮かべた。