騎士とメイドと王子様(3)
「くっ。卑怯者め!」
人質を取られ、アルテュール殿下は動揺を示す。
「馬鹿が。盗賊が卑怯なのは当たり前……なっ!」
一瞬の隙をつき、イザベラは身をかがめ背後に回り込み、太ももから素早く出した武器を、盗賊のこめかみに突き付ける。
「そんなハッタリに乗るかよっ。そんなおもちゃで何が出来るつーんだ?」
自分に向けられているものが何か分からない盗賊は、小馬鹿にしたように言い放つ。
イザベラが持っているのは小型の銃だ。
まだあまり流通していない最新の武器。
「これはですね、引き金を引くと小さな弾が出るんですのよ?」
パァンッ。
優しくそう説明すると、銃を持つ角度を変えて引き金を弾く。
「ひっ」
弾は盗賊の頬を掠めて、簡易テントに穴をあける。
「あ、ごめんなさい。私、扱いが下手ですのよ。次はうっかり頭を撃ち抜いてしまうかもしれませんわ」
銃を構えたまま、可愛らしくニッコリと微笑む。
銃口からは煙が細く上がっている。
「……恐ぇ」
それを見ていたアルテュール殿下はボソリと呟く。
「あはは」
イザベラを本気で怒らせると恐いのは本当で、俺は思わず乾いた笑いを浮かべる。
「ちきしょう! 引き揚げるぞっ」
「覚えてやがれっ」
勝ち目がないと悟った盗賊たちは、一目散に逃げ出す。
俺とアルテュール殿下に加え、イザベラの得体のしれない武器に度肝を抜かれたらしい。
瞬く間にその場から消え失せた。
「ふふ。姫様付きのメイドを舐めないでいただきたいですわ」
「さすが、イザベラだ」
「何でメイドがそんな怪しい武器を持っているんだ?」
度肝を抜かれたのは、アルテュール殿下もだったらしい。
唖然とした顔で、イザベラの持つ銃を見ている。
「刃物よりずっと扱い易いんですのよ? 王家に仕えるものとして、これくらいの自己防衛技術当然ですわ」
剣を向けられた時はヒヤリとしたが、普段の訓練がしっかりと生かされていて、鮮やかな身のこなしだった。
だが、イザベラの体は微かに震えている。
「よくがんばった。初めての実戦にしては上出来だよ。ただ、次からは俺に守らせてくれると嬉しいんだけど」
頭を優しく撫でてから髪に口づけを落とす。
「メイド心得、第六条。メイドは自分の身は自分で守ること。ですわ。クラウスは、自分のことだけ考えていればよろしいのですわ」
俺の言葉にイザベラはツンッとそう言い返す。
「そうはいかない。俺はイザベラを守りたいんだ」
「そんな柔じゃなくてよ?」
心外そうに頬を膨らませるその姿が可愛くて、再度頭を撫でくりまわす。
「貴様ら、絶対俺のこと忘れているだろ?」
“このバカップルが”という視線を向けられ、イザベラは我に返り俺を押しのける。
「えっと、アルテュール殿下も御強いんですのね。体術の心得が御有りだなんて意外でしたわ」
王族の嗜みとして、剣術はある程度習うが、確かに体術というのは珍しい。
イザベラの言葉に、アルテュール殿下は暗い笑みを浮かべる。
「……こちらの方がいざという時に役立つんだ。相手はほぼ丸腰の時に来るのでな」
「えーと、それって……」
その言葉で何となくピンッと来てしまった。
「アルテュール殿下もご苦労がおありですのね」
同じく察したイザベラが、しみじみと言葉を紡ぐ。
16歳にして、未だに女の子に間違えられるアルテュール殿下。
しかもその顔だちは美しい。
男性に恋慕されたことも多々あると風の噂で聞いたことがある。
遊学中にも色々と御有りだったのだろう。
「あと五年……いや三年後を見てやがれ!」
グッと拳に力を込め、アルテュール殿下は吠えるように言うと踵を返す。
「今度こそ、イセン国へ向かう。リディを救い出すのだ!」
砂馬に颯爽とまたがり、アルテュール殿下は力強く言い放つ。
「しかし、姫様が本当にイセン国にいるのか……」
そもそもいたとして、どうやって見つけ出すかが問題だ。
イセン国の領土は広い。
そのうえ、人の出入りもエルン国の何百倍とあるはずだ。
「不本意ではありますが、あの魔術師に姫様の居場所の地図も受け取っていますわ」
「本当なのか!?」
イザベラが小さなメモに書き出された地図を差し出す。
「何かの罠だと思う?」
「分からない……」
あの男の差し金ではないとは言い切れない。
だが、俺の居場所をイザベラに伝えたのもアランだ。
これが正しい情報なのか、かく乱するための偽の情報なのか、今の俺には分からない。
「手がかりがそれしかないのなら、行くしかないだろう。悩むだけ時間の無駄だ」
アルテュール殿下の言葉が俺の迷いを断ち切る。
「危険があるかもしれませんよ? 本当によろしいのですか?」
「くどいな。危険などもとより承知だ。俺は自分の意志でここまできた。これから何が起ころうと、それはすべて俺自身が選んだこと。迷いはない」
昔と変わらない。
そう思っていたが、そうではなかったようだ。
確固たる意志を秘めたその顔は、昔よりずっと大人びて見える。
「承知致しました」
俺は敬意を持って礼を向ける。
「イザベラは……」
「聞いたら怒りますわよ? 姫様に会うまでは帰りませんわ」
「分かった。一緒に姫様を迎えに行こう」
砂馬に跨り、イザベラを引き上げる。
(姫様、もうすぐ迎えに行きます)
太陽を仰ぎ見て心の中で呟くと、同じ想いを秘めた二人とともに、イセン国へ向かい走り出した。