騎士とメイドと王子様(2)
「あの魔術師が城に来たのですわ」
「アランが?」
名さえ口にするのも嫌だという風に、俺の言葉にただ黙って肯く。
『クラウスの奴、砂漠の真ん中で今死にかけてんだけどさ。俺、あいつに絶交されちまってて。暇なら助けてやれば?』
いきなり現れたアランは地図を押しつけ、サッサッと消えたとのことだった。
「正直、あの者の言葉を信じていいものか迷いましたのよ? でも、私に嘘をつくメリットもありませんし」
不愉快そうに眉根を寄せた。
俺が一味を抜ける際の一連の事件に関わっているイザベラは、あっち側であるアランを心底嫌っている。
それを知りながら、いや、知っているからこそアランは、イザベラに俺のことを伝えたのだろう。
イザベラが動くか動かないか、それは賭けのようなものだ。
まったくアランらしいやり方だ。
(最後までふざけた奴)
だから俺は、あいつが好きにはなれないんだ。
それなのに心底憎めないのも事実で。
「クラウス、大丈夫ですの?」
何かを感じ取り心配そうな顔をするイザベラに笑みを向け、今度はアルテュール殿下に視線を向ける。
「アルテュール殿下は、どうしてイザベラと一緒に居られるのですか?」
「俺はちょうど、リディに会いにエルン国に来たところだったんだ」
姫様の結婚話を聞き、直接本人に問いただそうと、砂馬を飛ばしてエルン国に乗り込んで来たのだという。
「フレデリク王の発言に引っかかるものを感じてな。大体、リディが顔もみたことない奴のところに嫁ぐのを喜ぶはずはないんだ。あいつは、こと恋愛に関しては夢見がちなところがあるからな」
さすが幼馴染だけあって、アルテュール殿下は姫様のことをわかっている。
「そうしたら、リディはいないうえに、お前は砂漠で死にかけていると言うし。そのメイドに頼まれて、リディを迎えに行くついでに、お前を助けてやったんだ」
「申し訳ありません。姫様を御守りするのが、俺の役目なのに」
今この状態は、むしろ足手まといになっている。
あまりにも不甲斐ない自分に腹が立つ。
「分かっているのなら、支度をしろ。お前のせいでここで足止めを食った。そろそろ、イセン国に向かう」
「ですが、アルテュール殿下はリンゲン国に戻らなくてよろしいのですか? 皆が心配されているのでは?」
多分……というか、間違いなく誰にも告げず、ここまで来たのだろう。
フレデリク王とエドゥアルト殿下は今、このアルテュール殿下帰還の祝賀会参加のために、リンゲン国にいるのだ。
その主役であるアルテュール殿下が此処にいることは、かなりまずいことではないかと思う。
「今さらなにを。俺はリディを連れ帰るためにここまで来た。もとより、国を出てもいい覚悟だ」
迷いなく答えるアルテュール殿下に続き、イザベラもため息交じりに口を開く。
「アルテュール殿下の意志は固いですわ。私も一度は御止したのですが、絶対にイセン国に行くとおっしゃって」
アルテュール殿下が(バレバレだが)密かに姫様を想われていることは知っていたが、まさかここまで強い想いがあるとは。
昔からひどく頑固な方だった。
このままリンゲン国に御帰りいただくのは難しそうだ。
それに正直、姫様のところに一日でも早く向いたいのが本音でもある。
「アルテュール殿下、砂馬の用意をお願い出来ますか?」
「あぁ。お前たちはサッサと身支度を整えろ」
イザベラの言葉に、アルテュール殿下は、簡易テントを出て行った。
それを見届けてから、イザベラがそっと耳打ちする。
「ことの詳細は、シーザーを飛ばして王にお伝え済みですわ。アルテュール殿下のこともありますし、お伝えしないわけにもいきませんもの」
「アンヌ様には?」
「あなたからお手紙をいただく前から、アンヌ様は姫様がイセン国に向かわれたことをご存じでしたわ」
勘の良い方だとは思っていたが、まさか気付いておいでだったとは。
そうなると、フレデリク王もある程度感づいているのかもしれない。
「ただしアンヌ様には、あなたと姫様がはぐれたことはお伝えしていませんけれど。やはりお体に触りますもの。私は、アルテュール殿下をお送りする名目で御暇をいただいて来たのですわ」
イザベラの話を聞き終えたその時、外から数人の慌ただしい足音が響く。
「何事ですの?」
「……嫌な客かもしれない」
ここは砂漠のど真ん中だ。
治安がいいとはいえない場所。
俺とイザベラは顔を見合わせてから、簡易テントを飛び出した。
「おうおう。あと二人いやがったか」
ガラの悪い男たちがアルテュール殿下を取り囲んでいる。
“誰か”など聞かなくとも分かる。
その下衆な雰囲気の男たちは、砂漠を行く旅人を襲う盗賊だ。
「うへぇ。もう一人もいい女だな。こりゃ上玉だ」
不愉快な薄ら笑いを浮かべて、イザベラを舐めまわすように見ている。
「こんなところで上玉な女二人をいただけるとは。ツいてやがるぜ」
「俺、こっちのお嬢ちゃんがいいなー」
盗賊の一人がアルテュール殿下に近づきそう言い放つ。
「なら俺は、こっちの綺麗な姉ちゃんだ。たっぷりと可愛がってやる」
どういう段取りで撃退するか思案していたが、その言葉にブチッと俺の中の何かが切れる音が聞こえた。
「まぁ、まずはこの邪魔な男をやっちまわねーとな」
脅しのつもりなのか、薄汚れた剣をちらつかせながら近づいてくる。
「あなたたち、運がなかったですわね」
下品な笑い声を響かせる男たちに、イザベラは頭を振りつつ静かに言い放つ。
「はぁ? 何言って……」
盗賊の訝しむ言葉は、最後まで続かなかった。
ザシュッ。
ガッ!
俺は素早く剣を抜くと、手身近にいた一人を切りつける。
同時にアルテュール殿下も、不用意に近づいてきた一人を殴り飛ばしていた。
「俺のイザベラを薄汚れた目で見るなっ!」
「誰が嬢ちゃんだ!! 貴様らぶっ殺す!」
俺とアルテュール殿下の声が重なる。
「な、なんだこいつ等!?」
突然の反撃に慌てふためく盗賊たち。
それぞれの武器を構えるが、俺とアルテュール殿下の方が、戦闘能力は高い。
いくら人数が多くても雑魚は雑魚だ。
一人ひとり確実に仕留めていく。
「くそっ。こいつがどうなってもいいのか!」
仲間の半数以上を倒された盗賊は、イザベラへと剣を向けそう吠えた。