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そして姫君は恋を知る  作者: 未華
間章(2)~そしてイセン国を目指す者たち~
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変わらない想いと変わる想い

青年は昔を振り返り、そして今を変える決意を固める。

 真っ白なその世界が大嫌いだった。


 空はいつも厚い雲に覆われて、使い古された薄汚いボロキレを思い出す。

静かに降り続ける白い塊は、すべてを覆い隠さなければ気が済まないというように、飽くことなく地上を白く染め上げていく。

 おまけに、昼も夜も関係なく心まで凍りつきそうなほどに寒い。


 あの世界での思い出は、“寒さ”と“飢え”とそして“孤独”


 それでも生き続けていたのは、半ば意地だった。

 生きるために盗み、殺られる前に殺る。

 自分を蔑むすべての視線を跳ね返し、代わりに嘲笑ってやる。


(残念だが俺は生きているぜ? 簡単に死んでなんかやんねぇ)


 俺が生き続けることは最大の復讐。

 それは、自分を無意味に生み出し呆気なく狂った女へなのか、俺の存在を抹消したがっている女神信仰者たちへなのか。

 いや、もしかしたら、世界を二つに分けちまった“神”という奴へのものだったかもしれない。

 ともかく、“あの時”まで、俺はただ復讐のためだけに生きていたんだ。


(じゃあ、今は何で生きてんだろーな)


 あの世界とはま逆の太陽が照りつけるこの世界で、俺はガラにもなくそんなことを考える。


「あー、くそっ。暑いつーんだっ」


 本当にどうしてこうも両極端なんだ?

 死ぬほど寒い世界か、死ぬほど暑い世界。

 この世に本当に神だとか女神がいるっつーんなら、そうとう捻くれた奴らに違いねぇ。


 そんなことを考えながら、エルン国城の塀を飛び越える。

 城というには手薄すぎる場所。

 もっとも、城全体は魔術で守られているから、賊が入り込むことは難しいだろう。

 魔術に覚えがあるものであっても、この護りはそう簡単に崩せはしない。

 それを意図も簡単に入り込む俺がすごいというだけの話だ。


「……」


 何度となく訪れている場所。

 警備の目を欺くのも容易い。

 誰にも会うことなく目的地にたどり着く。

 そこは主をあらわすかのように、淡く美しい庭園が広がる。

 この世界で育つ植物なんてたかがしれている。

 それでも、太陽の恵みあるこの世界では、もう一つの世界より、植物の種類は多いらしい。

 それを彼女に興奮気味に説明されたのを思い出し、苦笑してしまう。

 よくもまあ集めたものだと感心するくらいに、花と緑があふれている。


『ここは、私にとっての楽園だわ。だから、何があっても守りたいの』


 此処で再会し、そう言い放ったあいつの凛とした横顔は俺の知らない顔だった。

 あの世界では、消えてなくなりそうなほどひたすら可憐だったのに、この世界では強くそして更に美しくなった。

 俺ではもう手が届かないほどに。


 鳥かごを開け放ったのは俺だ。

 けれど飛び立って降り立った場所は、俺のところではなかった。

 未だに時々、胸がチリリと焼けるような気分になる。

 それは嫉妬なのか、それとも未練なのか。


(いいや、ただの執着か)


 そんなことを思い、自嘲気味な笑いが漏れてしまう。


「ルネ?」


 聞きなれた声と今では聞き慣れないその名前。


「よぅ。久しぶりだな、アン」

「まぁ、本当にルネなのね」


 心底嬉しそうに微笑むアン。

 この笑顔は昔から変わってねぇ。

 慈愛溢れるその笑みは、冷え切った俺の心をいつも揺さぶる。


 金の美しい髪と『砂漠の白雪』と呼ばれる所以である透けるように白い肌。

 華奢な体は、触れたら壊れてしまいそうなほど儚い。


「……俺が此処に来たのは報告なんだけどよ。リルディアーナの」

「うん。あの子は元気にしている?」


 予想はしていたのだろう。

 その名を聞き、高揚し白い肌に赤みが差す。


「そりゃあもう。元気すぎてその……はぐれた」


 ヘラリと笑って何のことはないように装ったものの、その言葉に俺を見る大きなエメラルドグリーンの瞳が見開かれる。


「大丈夫だ。イセン国にいるのは把握済み。身柄もこの上なく安全な場所にある」


 慌てて付け足したその言葉に、アンは胸に手を置き安堵の息を吐く。


「そう、よかった。私のわがままの所為で、ルネに迷惑をかけてしまったみたいね」

「よせよ。俺たちは“友達”だろ? こんなこと朝飯前だ」


 我ながら自虐的な言葉。

 俺は今、どんな顔をしているのか。

 いつものように誤魔化せないのがつらい。

 丸い色つきメガネもなく、髪も昔の小汚い色に戻している。

 今の俺は暗殺者ではなく、アンがよく知るただのお調子者の盗賊だ。


「ありがとう。でも、ひとつ訂正。私たちは友達じゃないわ」


 可愛らしく頬を膨らませて不満をあらわす。


「“友達”じゃなくて“親友”だわ。この世界で友達はたくさんできたけれど、“親友”はルネだけだもの」

「……」


 俺もアンも、まったく違う環境で生きてきたっていうのに、俺が孤独だったように、アンも違う意味で孤独だった。

 誰にも立ち入ることが出来ない俺とアンの絆。

 それをアンは“親友”という言葉であらわす。


「そう。親友だな。……アンは、ずっと俺と親友でいてくれるのか?」

「もちろんだわ。未来永劫、私とルネは親友だわ」


 即答されたその言葉は最後通告。

 そうだ。それは変わらねぇんだよな。


『何だかんだ言いつつ、相変わらず過去を引きずっている? 彼女に嫌われるのが恐い?』


 言われた言葉が脳裏をよぎる。

 過去を引きづりまくっているし、嫌われるのは恐いに決まっている。

 アンの存在はずっと、俺の生きる糧だったんだ。


「その言葉を聞いて安心した。じゃ、俺はリルディアーナんとこに行くわ」

「ありがとう。ルネ」

「俺たちは“親友”だろ? お前の大切なモノは俺も大切だ」


 俺の言葉にアンは無邪気に微笑む。


(だからさ。そのお前の大切なモノ一つ、俺に分けてくれてもいいよな?)


 心の中での問いの答えはない。


 変わらない想いがある。

 そして変わった想いも。


「いい面の皮だ」


 自分自身を嘲笑う。


 手に入れられなかったものがある。

 けれど、手に入れられるかもしれないものが、目の前にある。

 今度こそ、ほしいものを手に入れるべきだ。

 もしかしたらそれこそが、今俺が生きている意味なのかもしれねぇ。


「さーてっと! やることやって、姫さんに会いに行くか。イセン国王様にも会わねーとだしな。あの時の借り、キッチリ倍返ししてやる」


 いつもの色メガネをかけようとしてふと手を止める。


「もうこいつもいらねーか」


 持つ手に力を込めると、グシャリとメガネは手の中で呆気なく粉々になる。

 それは、今まで大切にしてきたいくつかのものが壊れた象徴のようだった。


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