ランス大陸神話
リルディアーナ視点。
それは遥か遠い昔の話。
”神々の時代。
トリア大陸とランス大陸は、太陽の神と月の女神が治める一つの世界だった。
二神が治める世界で、人々は安寧の時を過ごしていた。
慈愛に溢れた月の女神は、度々下界に降りては、人々と交流を持っていた。
そんなある日、月の女神はランス大陸の人間と運命的に恋に落ちる。
やがて、女神は人との間に子を宿し産み落とす。
しかしそれを知った太陽の神は激怒する。
神と人の交わりは禁忌。
月の女神をかどわかしたとして、ランス大陸の民に災厄をもたらす。
鎮めようとする月の女神だったが、その怒りは増すばかり。
そして災厄が三日三晩続き、月の女神はランス大陸の人々を守るために、最後の神力を使う。
それが、二つの大陸を隔てるファーレンの門だった。
『これは私とあなたを隔てるものです。私はもう神力を失いました。人として生きてそして死ぬでしょう。ですが、あなたは私を許さず罪もないランス大陸の人々の命を奪う。だから、私たちはあなたのいない世界で生きていきます』
『愚かな女神。我がいなければ、世界に日の光は差さぬだろう』
『代わりに月が世界の光となりましょう。私は人となりますが、空に月を残しました』
『そこまで我を拒むか。なれば好きにするがいい。だが、我の怒りは収まらぬ。お前の子は我がもらい受けた。呪いにより、お前の子はその門をくぐれぬ』
『何ということを! あぁ。私の愛しい子。これが、私に下された罰なのですね』
時が迫り、やがてファーレンの門は固く閉ざされてしまう。
大切な子と引き裂かれ涙にくれる月の女神。
『親愛なる女神。どうか悲しまないでください。私があなたの愛しい子の様子を見てまいります。ただの人である私なら、太陽の神の目に触れずお会いすることも叶いましょう』
その言葉通り、男は呪いの弱まる数年に一度、ファーレンの門を通りトリア大陸にいる女神の子を見守り続けたという。
太陽の神から逃れた人々は、ランス大陸で人神となった月の女神と共に、穏やかに幸せに暮らしたのだった”
最後まで読み終え、本を閉じる。
「分かりづらいところはなかった? なるべく分かりやすく訳してみたんだけど」
「あぁ。理解した」
カイルは軽く息を吐き出す。
「トリア大陸とランス大陸では、神々の解釈が異なるのだな」
カイルは複雑な表情でメガネを外し、窓から見える太陽を仰ぎ見る。
「うん。トリア大陸では、月の女神が太陽の神を裏切って人神に落とされた……っていう話だものね」
それは、トリア大陸で語り継がれる神話。
人々に慕われ敬われる太陽の神に嫉妬した月の女神は、太陽の神を陥れようとして、逆に人神に落とされたのだという。
そんな月の女神を哀れに想い、太陽の神はランス大陸とトリア大陸をファーレンの門で二つに分け、ランス大陸を月の女神に与えたという。
その時、月の女神と人との間に生まれた子は、トリア大陸に残ったのだという。
トリア大陸では、それが人としての最初の魔術持ちだと言われている。
「あぁ。そしてトリア大陸では、魔術持ちは太陽の神へ仇名した月の女神の子孫。そういう風に考えている者も少なくないからな」
初めてその話を聞いた時は、あまりにも違う解釈だしすごく驚いた。
神話に付随された迷信。
父様や母様はそう言っていた。
“真実は本人たちにしか分からない”
そう言っていたっけ。
「あのね、ランス大陸では、魔術持ちの人がファーレンの門を管理しているんだって」
そのこともあって、ランス大陸では逆に魔術持ちは敬われる対象になっていると、母様に聞いたことがある。
魔力は月の女神の恵みなのだと。
「天翼ではなくてか?」
驚いたように、カイルは私を見返す。
天翼……姿かたちは人その者だけど、その背中には翼がある。
人よりむしろ神に近いと言われる種族。
滅多に姿を見せることはないけれど、トリア大陸でファーレンの門を管理しているのは天翼だということは知られている。
太陽の神の代理として、ファーレンの門を守護する種族。
「うん。トリア大陸とは、少し仕組みが違うみたい」
「そうか。魔術持ちがな……」
何かを深く考え込むように、カイルは本を見つめている。
そんな姿に、前にユーゴさんに言われた言葉を思い出す。
『カイル様を取り巻く環境は、あなたが考えるほど気楽なものではありません』
カイルが魔術持ちであることを隠しているのはなぜか? と尋ねた時に言われた言葉。
カイルは、“魔術”に関してトリア大陸とはま逆の認識があるランス大陸の話を、どう思ったのだろう?
「……そんなに見られると穴が開く」
「へ?」
いつの間にか視線を私に向けたカイルは、いつものごとく眉間にしわを寄せる。
そんなつもりはなかったのだけど、相当カイルを見いていたようだ。
「あはは。ごめんね」
「そんなに見られていたら、こちらが見られないじゃないか」
「へ?」
「独り事だ。聞き流せ」
なぜか照れたようにぶっきら棒に言い放つと、いつの間にか空になったティーカップを私へと突き出す。
「あ、おかわりだね。ちょっと待っていて」
本当に私の紅茶を気に入ったらしいカイルは、こうしてことあるごことに、私へと紅茶をねだってくる。
「なに人の顔見て笑っている?」
「ううん。なんでもない」
小さな子供がお菓子をねだっているみたいで、ちょっと可愛い……なんて思っていることは、カイルには内緒の話だ。