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そして姫君は恋を知る  作者: 未華
メイドの日々編~そして想いは日々積み重なる~
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新しい仕事

リルディアーナ視点。

新しい仕事場に出向いたものの……。


 私は途方に暮れている。


 目の前に広がるのは本の洪水。

 これのどこから、手をつければいいというのだろう?


「……」


 窓辺で優雅にお茶をしながら、本を開く諸悪の根源を思わず恨めしげに見る。

 いつもはしないメガネをかけて、長い足を組み静かに本に視線を落とす姿は、無駄に絵になっていたりする。

 優雅で気品漂う……ここが本に埋もれた部屋でなければだけど。


「俺のことは気にするな。邪魔はしないから」


 私の視線に気がついたカイルは、人ごとのようにそう言い放つ。


「確かに綺麗にするのはいいことだと言ったわよ? だけど、自分でやらないってどういうことなのよ!」


 そう。私に任された新しい仕事とは書庫の整理。

 しかも、基本的に一人でこなさなければならにという、孤独なうえに過酷なものだ。

 なんでも、此処にある本はほとんど魔術関連のものだとかで、一般の使用人の立ち入りは禁止なのだそうだ。

 私はすでに、カイルが魔術を扱えることを知っているため、特例としてこの部屋に入れる……というわけで、この恐ろしく乱雑な部屋をどうにかする任を受けたということなのだ。


「俺には無理だ。ひとつ本をとると、読みふけるタイプなんだ。それが、このありさまを招いたわけだしな」


 部屋を汚した張本人は、反省のはの字も見えない顔できっぱりと断言する。


「それとも、メイドの仕事はやはりリルディには無理か? やる気があるようだったので、任命してみたのだがな。やめるのなら、俺はそれでも構わぬが……」

「誰も辞めるなんて言ってない。いいわ。私がどれだけ使えるか、見せてあげるんだから」


 思いっきり虚勢を張った私を見透かすかのように、カイルはどこか愉快気にメガネをたくしあげ、意地悪な顔でニヤリと笑う。


「それは楽しみだな。よろしく頼む」

「ま、任せてよ!」


 いいように乗せられた気もするけど、言ったからにはやるしかない。


「よし!」


 私は気合を入れると腕まくりをして、作業に取り掛かるのだった。


 ………………。


 ここでの作業はかなりの重労働だ。

 本を山積みに抱えては、本棚に仕舞い込んでいく。

 棚毎に本の仕舞い場所は分けられているから、適当に入れるわけにもいかず、私は書庫中を走り回る。


「どうしてこんなに散乱しているのよ」


 思わず恨み言が口をつく。


(いつから片付けていないわけ?)


 カイルを問い正して、説教の一つもしたいところだけれど、曲がりなりにも自分の主なのだと思いだして、思わず苦笑してしまう。


(私もかなり無茶苦茶だと言われていたし、クラウスもこんな気持ちで私に仕えているのかしら?)


 どんなことがあっても、クラウスは私の味方でいてくれた。

 今回の無謀な計画にも、最後には折れてお伴をしてくれて。

 再会したら、ありがとうもごめんなさいもたくさん言いたい。

 誰かに仕えてみて、改めてクラウスの偉大さに気がつく。


(エルン国に帰ったら、もうちょっと大人しくなろう。うん)


 そんなことを思いつつ、本を棚へと押し込んでいく。


「あれ?」


 手に持っていた最後の一冊、題名に目を止め思わず目を瞬く。


 薄い小さな本に書かれている題名の文字は、この大陸の言語ではない。


(これ、ランス大陸の文字だわ)


 母様はランス大陸の民だ。

 母様がこの大陸の言葉を覚えたように、父様もランス大陸の言葉を覚え、時々日常会話に織り込んだりしていた。

 だから、自然と私や弟であるエドもランス大陸の言葉を覚えた。

 それと同時に簡単な文字なら、一通り読むことも出来る。


「あ、この話知っている」


 軽く目を通してみると、どうやらランス大陸の女神を題材にした、子供向けの神話のようだった。

 このお話は、私も母様に小さい頃聞かせてもらったことがある。


「何を読んでいるんだ?」


 いつの間にいたのか、カイルが後ろから興味深げに開いていた本を覗き込む。


「これはランス大陸の?」

「そう。子供向けの神話みたい。どうしてこんなところにあるんだろう?」

「お前、ランス大陸の文字が読めるのか?」

「うん。簡単なものならね。なつかしいなぁ。この神話は小さい頃に……」


 そこまで言ってから我に返る。

 わざわざ金の髪を黒くして誤魔化しているというのに、これでは自分がランス大陸と関わりがあると言っているようなものだ。

 トリア大陸では、ランス大陸の文字なんて、一般に流通などしていないのだから。


「お前、やはりランス大陸の民の血が入っているのだな」


 カイルの言葉にギクリとする。

 何か突っ込まれて聞かれたら、ぼろが出してしまうかもしれない。


「そうだろうと思っていた。お前の肌は色素が薄いからな。いや、そんなことはどうでもいい。それより、これを俺に訳して聞かせてくれないか?」


 意外な申し出にカイルを見返すと、隠しきれない好奇心が表情に表れている。

 いつになく感情を露わにしているカイルの姿に、ちょっと驚きながらも私は快諾する。


「私でよかったら」


 窓辺に腰かけて私は本を開いた。


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