優しい視線?(1)
リルディアーナ視点。
メイドたちのおしゃべり。
気になる相手は三種三様。
「リルディってば、抜け駆けだわ!」
ラウラと昼食を取っていた私の元にやってきたネリーは、力任せにガンっと食事の入ったトレーを前の席に置くと、目を吊り上げて憮然とした表情のまま椅子に座る。
「なんのこと?」
血相変えて現れたネリーの姿に、私とラウラは顔を見合わせる。
「私が知らないとでも思っているの!? あなた、あの方と二人っきりでラブラブイチャイチャしたんでしょ!」
その言葉に、パンを飲みこみ損ねてむせかえる。
「リルディ、大丈夫? お水」
「あ、ありがとう。ラウラ」
差し出された水を半分ほど飲んで、何とか声が出せるほどに回復した。
「その動揺の仕方……やっぱりそーなのね!」
鬼の形相でまるで親の敵とでもいうように、野菜のソテーをフォークで突き刺すネリー。
「ち、違うわよっ。ラブラブもイチャイチャもしてないっ。カイル……様とは、ただ二人でお話しただけで……」
「は? なんで刃の君? 私が言っているのは、麗の君のことなんだけど」
「麗の君ってエルン? どうしてエルン?」
「だってこの間、呼び出されて二人で応接室に入ったって聞いたわ。麗の君から直々の呼び出し。何もないはずないじゃないよぉ」
今度は涙目で、具だくさんのスープをひたすらスプーンでかきまわす。
「誤解だわ。私はただ頼まれ事を受けただけなの」
「うん。リルディ、メイドになる前から将軍様と知り合い。だから頼み事、声をかけやすかったんだと思う。それに、長い時間じゃなかったもの」
私の言葉にも疑わしそうな視線を向けるネリーに、ラウラもそう付け足してくれる。
「そうなの? ホントの本当?」
力いっぱい肯くと、やっとネリーの表情も晴れていく。
「はぁー。なーんだ。私はてっきりラブラブイチャイチャが……あれ? でも、何で刃の君の名前が出て来たわけ? もしかして刃の君と何かあったりして?」
誤解は解けたと思ったら、新たな誤解が生じだしている。
「だ、だから、何にもなかったんだってば。何にも……」
言いながら、指に触れたカイルの唇と舌の感触を思い出して、頬が熱くなるのを感じる。
「なにそれ!? やっぱり、そういう関係なんじゃない。あの夜も痴話喧嘩だったってことかぁ」
「あの夜? ちわげんか?」
ムフフと怪しい笑いを浮かべるネリーと、訳が分からず小首を傾げるラウラ。
「だ、だから、何にもないんだってば!」
「分かったわよ。そんなに必死にならなくてもいいのに。リルディってば、素直で可愛い」
分かったといいつつ、その顔はまだ笑いを残したままで、全然わかってもらえていない気もするんだけど。
「リルディ、カイル様と仲良し?」
「そうなのよぉ。この子、刃の君のファンなのよね」
「そういうネリーだってエルン……麗の君のファンでしょう?」
わざと“麗の君”という名称で呼んでみる。
「ええ。胸を張って言えるわ。私は麗の君一筋ですもの」
「あはは……」
ちょっとからかい返そうと思ったのに、あまりにも堂々と言われてしまって、笑うしかない。
「えーと。あとは氷の君も、ファンの子っているのかしら? 三人とも人気があるのよね?」
氷の君ことユーゴさん。思い出しただけで、げんなりとしてしまう。
会うたびにダメ出しを受けている所為で、すっかり苦手意識が出来てしまっている。
今では廊下ですれ違うだけで、おかしな緊張感が走るありさまだ。
「目の前にいるわよ。熱烈大ファンが」
意外なネリーの言葉と共に、その視線の先を見るとラウラに突き当たる。
「えぇ!?」
大きなグルグルメガネで表情は良く分からないけれど、何だか恥ずかしそうにモジモジしているのは分かる。
ラウラも時々、ユーゴさんにダメ出しを受けている姿を見ている。
ユーゴさんは、小さなラウラにも容赦がない。
てっきりラウラは、ユーゴさんが苦手なんだと思っていたのに。
そんな私の心の声を、表情から読み取ったネリーがしみじみと口を開く。
「リルディのいいたいことは分かるわ。いくら顔が良くても、何であんなに冷たくて容赦ない冷血漢がいいのか……」
「ユーゴ様は、とてもお優しいのです!」
ネリーの言葉に、ラウラは初めて聞くくらいに、はっきりきっぱりと言い放つ。
「とても厳しい方だけど、あの方は冷たくなんかないのです」
その言葉から、ラウラがどれだけユーゴさんを慕っているのかが分かる。
「ね? 熱烈大ファンでしょ?」
呆気にとられる私の前で、千切ったパンを口に運びながら、ネリーは至って冷静に言い放つ。
「あ! ご、ごめん。そのあの……」
我に返ったラウラが、シュンとして言葉を探しあぐねいている。
「ううん。謝ることはないわ。ちょっと意外でびっくりしたけど」
「本当にユーゴ様は……あっ」
何かに気が付き、ラウラは言いかけた言葉を止める。
その視線の先を追いかけると、そこにはユーゴさんの姿があった。