表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして姫君は恋を知る  作者: 未華
メイドの日々編~そして想いは日々積み重なる~
62/180

本と紅茶と甘い……(2)


「……」

「……」


 その場には沈黙が落ちている。


 私は湯気の立つティーカップを持ったまま、カイルの隣にいる。

 なにせ、周り中本だらけで、私の座れるスペースは、窓辺に座るカイルの隣りしかなかったのだ。


(顔があげられない)


 ほんの数センチ先にカイルがいて、その近すぎる距離の所為で余計に緊張してしまう。

 カイルもまた無言で、気まずい事このうえない。


「あの、紅茶。冷めてしまうから」


 言葉を探しあぐねいて、当たり障りのない言葉が口を付く。


「あ、あぁ」


 私に促され、カイルが紅茶に口を付ける。


「これは……」


 顔を上げると、険しい顔で紅茶を睨んでいる姿が目に映る。

 ひどく困惑して、絶句しているかのような顔だ。

 何か失敗したのかと、私も慌てて余ったもう一つの紅茶に口を付ける。

 味も温度も問題ない。

 茶葉の種類はかなりたくさんあったけど、あまりクセの強くないものを選んだつもりだ。


「あの、紅茶に何か問題があるの?」

「……あぁ。かなりまずいな」

「え!? 紅茶には自信があったんだけど……」


 紅茶はイザベラが詳しくて、茶葉の種類やおいしい入れ方を教えてもらっていた。

 茶葉によって入れる量や蒸らし時間も変わってくる。

 イザベラほどじゃなくても、それなりにおいしい紅茶を入れられる自信はあったのに。

 カイルの言葉に落ち込んでしまう。


「これはリルディが?」


 意外そうな顔で私を凝視する。


「そうだよ。そんなにダメ?」

「違う。逆だ。こんなおいしい紅茶は久しぶりだ」

「へ?」


 予想外の言葉に、思わずおかしな声が漏れてしまう。


「なまじ完璧なお茶を飲み慣れていた所為で、中途半端なお茶は受け付けなくてな。これは、俺が昔から飲み慣れた味に似ている。いや、もしかしたら、それ以上かもな」


 そう言って紅茶を飲むカイルの表情はすごく満足気だ。

 これはお世辞などではなく、本当にそう思ってくれているみたいだ。


「あ、ありがとう」


 カイルが知る『完璧なお茶』よりおいしいと言われて、思わず顔が綻んでしまう。

 最近、ダメだしばかり受けていた所為か、褒められたことが普段よりずっと嬉しい。

 カイルからの言葉ならなお更だ。

 自然と頬が緩んでしまう。


「リルディ」

「なに?」


 締りのない顔を慌てて引き締めて顔を上げる。


「すまなかった」


 私と目が合うと、何の前触れもなく、唐突にカイルはそう言い放つ。


「え?」


 あまりにも突然過ぎて、一瞬何の事を言われたのか分からなかった。


「本来なら、あの場できちんと謝罪するべきだったのに。非礼を詫びる。この通りだ」


 飲みかけの紅茶を窓枠に置くと、カイルは深々と頭を下げる。

 そう言われて、昨夜のあの出来ごとのことなのだという答えにいきつく。


「……」


 あまりにも意外な展開に、私は暫くポカンッとしてしまう。


 何にもなかったみたいな顔をしていたのに……。


(あぁ。なんだ。カイルも私と同じ気持ちだったんだ)


 そう思ったら、自分でも現金だとは思うけれど、不安や苛立ちが消えていた。


「リルディ?」


 いつまでも反応を示さない私を訝しんだカイルが、ゆっくりと顔を上げる。


「私こそ、ごめんなさい」


 今度は私が謝る番だ。

 カイルと同じように頭を下げる。


「は? 何でお前が謝るんだ?」

「だって、あれは私のことを心配してくれたからなんでしょう? なのに、私はカイルの意地悪だなんて勘違いしてしまって」

「あ、いや。その……」

「ううん。分かっているわ。私が世間知らずだから、カイルはあえて憎まれ役を買って出て、私に教えてくれたんでしょう?」


 そうしておきながら、カイルも私の様子を気にしていてくれた。

 しかも、こんな風にわざわざ謝罪をしてくれるなんて。


「それに、もともと心配して様子を見に来てくれたのに、サッサと帰ってしまったりして、私ったら本当にカイルの心遣いに気がつかなくて……ごめんなさい」

「ここまで鈍いとは。もはや尊敬の域だな……」


 カイルはボソリと呟きを洩らす。


「え?」

「お前はやっぱり危なっかしいということだ」


 どこをどう考えてそうなったのか、カイルは大きなため息を付きながらそう結論づける。


「危なっかしい……かな?」

「あぁ。だから、俺はリルディから目が離せないんだ」

「!?」


 カイルの黒い瞳が強く私を見つめている。

 なぜかすごく居たたまれない気持ちなのに、その瞳から視線を反らせない。

 何か強い力が私を縛り付けているみたいだ。


「迎えが来るまでの間、俺の側に居ろ。メイドなど辞めてしまえ。お前はただ俺の側に居ればいい」


 放たれた言葉は、命令なのか懇願なのか。

 その瞳は鋭さの中に、どこか憂いを含んでいるかのように見えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ