本と紅茶と甘い……(2)
「……」
「……」
その場には沈黙が落ちている。
私は湯気の立つティーカップを持ったまま、カイルの隣にいる。
なにせ、周り中本だらけで、私の座れるスペースは、窓辺に座るカイルの隣りしかなかったのだ。
(顔があげられない)
ほんの数センチ先にカイルがいて、その近すぎる距離の所為で余計に緊張してしまう。
カイルもまた無言で、気まずい事このうえない。
「あの、紅茶。冷めてしまうから」
言葉を探しあぐねいて、当たり障りのない言葉が口を付く。
「あ、あぁ」
私に促され、カイルが紅茶に口を付ける。
「これは……」
顔を上げると、険しい顔で紅茶を睨んでいる姿が目に映る。
ひどく困惑して、絶句しているかのような顔だ。
何か失敗したのかと、私も慌てて余ったもう一つの紅茶に口を付ける。
味も温度も問題ない。
茶葉の種類はかなりたくさんあったけど、あまりクセの強くないものを選んだつもりだ。
「あの、紅茶に何か問題があるの?」
「……あぁ。かなりまずいな」
「え!? 紅茶には自信があったんだけど……」
紅茶はイザベラが詳しくて、茶葉の種類やおいしい入れ方を教えてもらっていた。
茶葉によって入れる量や蒸らし時間も変わってくる。
イザベラほどじゃなくても、それなりにおいしい紅茶を入れられる自信はあったのに。
カイルの言葉に落ち込んでしまう。
「これはリルディが?」
意外そうな顔で私を凝視する。
「そうだよ。そんなにダメ?」
「違う。逆だ。こんなおいしい紅茶は久しぶりだ」
「へ?」
予想外の言葉に、思わずおかしな声が漏れてしまう。
「なまじ完璧なお茶を飲み慣れていた所為で、中途半端なお茶は受け付けなくてな。これは、俺が昔から飲み慣れた味に似ている。いや、もしかしたら、それ以上かもな」
そう言って紅茶を飲むカイルの表情はすごく満足気だ。
これはお世辞などではなく、本当にそう思ってくれているみたいだ。
「あ、ありがとう」
カイルが知る『完璧なお茶』よりおいしいと言われて、思わず顔が綻んでしまう。
最近、ダメだしばかり受けていた所為か、褒められたことが普段よりずっと嬉しい。
カイルからの言葉ならなお更だ。
自然と頬が緩んでしまう。
「リルディ」
「なに?」
締りのない顔を慌てて引き締めて顔を上げる。
「すまなかった」
私と目が合うと、何の前触れもなく、唐突にカイルはそう言い放つ。
「え?」
あまりにも突然過ぎて、一瞬何の事を言われたのか分からなかった。
「本来なら、あの場できちんと謝罪するべきだったのに。非礼を詫びる。この通りだ」
飲みかけの紅茶を窓枠に置くと、カイルは深々と頭を下げる。
そう言われて、昨夜のあの出来ごとのことなのだという答えにいきつく。
「……」
あまりにも意外な展開に、私は暫くポカンッとしてしまう。
何にもなかったみたいな顔をしていたのに……。
(あぁ。なんだ。カイルも私と同じ気持ちだったんだ)
そう思ったら、自分でも現金だとは思うけれど、不安や苛立ちが消えていた。
「リルディ?」
いつまでも反応を示さない私を訝しんだカイルが、ゆっくりと顔を上げる。
「私こそ、ごめんなさい」
今度は私が謝る番だ。
カイルと同じように頭を下げる。
「は? 何でお前が謝るんだ?」
「だって、あれは私のことを心配してくれたからなんでしょう? なのに、私はカイルの意地悪だなんて勘違いしてしまって」
「あ、いや。その……」
「ううん。分かっているわ。私が世間知らずだから、カイルはあえて憎まれ役を買って出て、私に教えてくれたんでしょう?」
そうしておきながら、カイルも私の様子を気にしていてくれた。
しかも、こんな風にわざわざ謝罪をしてくれるなんて。
「それに、もともと心配して様子を見に来てくれたのに、サッサと帰ってしまったりして、私ったら本当にカイルの心遣いに気がつかなくて……ごめんなさい」
「ここまで鈍いとは。もはや尊敬の域だな……」
カイルはボソリと呟きを洩らす。
「え?」
「お前はやっぱり危なっかしいということだ」
どこをどう考えてそうなったのか、カイルは大きなため息を付きながらそう結論づける。
「危なっかしい……かな?」
「あぁ。だから、俺はリルディから目が離せないんだ」
「!?」
カイルの黒い瞳が強く私を見つめている。
なぜかすごく居たたまれない気持ちなのに、その瞳から視線を反らせない。
何か強い力が私を縛り付けているみたいだ。
「迎えが来るまでの間、俺の側に居ろ。メイドなど辞めてしまえ。お前はただ俺の側に居ればいい」
放たれた言葉は、命令なのか懇願なのか。
その瞳は鋭さの中に、どこか憂いを含んでいるかのように見えた。