本と紅茶と甘い……(1)
リルディアーナ視点。
カイルへの想いは、イロイロと複雑で……。
そういうわけで、私は今書庫の前に来ている。
(カイルは今、私のことどう思ってるんだろ?)
この期に及んで、そんなことを考えてしまう。
あの時は、あまりにもパニックで、別れ際のカイルを全然覚えていない。
わざわざ会いに来てくれたのに、サッサと帰ってしまって、怒っているかもしれない。
でも、普通あんなことされれば、誰だって動揺してしまう。
悪いのはカイルだ。
そう思いながら、ネリーの言葉が脳裏を過る。
『悪い男にひっかかるんじゃないかって、カイル様は心配したのよ』
多少意地悪を含んでいても、あれは私のためを思っての行動。
そう思うと、やっぱり私が悪いような気もしてくる。
(謝った方がいいのかなぁ)
トレーに乗せた二人分の紅茶を見つめたまま、そんなことを思って立ちつくす。
(あー! もうっ。ともかく、今はこの紅茶とエルンから預かった小箱を渡せばいいんだから)
どうせ長く話す時間もないだろうし、ぐちゃぐちゃ考えるのは後だ。
コンコン。
覚悟を決めて扉をノックする。
「……入れ」
「し、失礼しますっ」
平常心を保つつもりが、その声を聞いたらしょっぱなから少し声が裏返ってしまった。
そんな自分に失望しつつ、今度こそ何があっても動揺しないと念じながら、ドアを開く。
「な、なにこれ!?」
私の決意も空しく、その部屋の中に入った途端、平常心は吹き飛んでおかしな声が出てしまった。
そこには本が無数にある。
もちろん書庫という場所なのだし、それは普通のことだろう。
問題は、その本が床という床を埋め尽くしていること。
読書スペースらしき場所にも、本は乱雑に無造作に広がっている。
私より遥かに背の高い本棚に、収まっているものもあるが、これもまた横になったり縦になったりと、ともかくいい加減に詰められている状態だ。
「リルディ、こっちだ」
本の洪水の中、奥の方からカイルの声がしてドキリとする。
(行くしかないわよね)
胸の鼓動を抑え込み、床に散乱した本を慎重に避けながら進んでいくと、カイルの元へとたどり着く。
「……」
窓辺に腰かけたカイルは、やってきた私に視線を向ける。
「あの……」
「あぁ。エルンストから聞いている。悪いな。時間を取らせて」
その目はいつものように静かで、動揺も怒りも感じられない。
口調も穏やかそのものだ。
まるで、昨夜のことなんか覚えていないみたいに普通の対応。
(やっぱり、意識しているのは私だけみたいだ)
拍子抜けしてしまうとともに、何だかおもしろくない気持ちになる。
一人で赤くなったり青くなったり、動揺していて馬鹿みたいだ。
「これがエルンからの頼まれもの」
「頼まれもの?」
小箱を受け取ったカイルは、不審そうに眉をひそめる。
「?」
「あ、あとお茶を……」
「あぁ」
「あれ? あの、お客様は?」
もう一つの紅茶を渡すべき相手が見つからず手を止める。
「客? いや、そんなものはいないが」
「でも、エルンが……」
確かにお茶を二人分頼まれたのに。
「……」
どうしたものかと思案している私の前で、カイルは小箱に挟まれているメッセージカードに視線を落としている。
「じゃあ、わ、私はこれで失礼します!」
いくらカイルは何とも思っていなくても、私は何だかまだ意識してしまう。
行き場所不明の紅茶を持ったまま、まわれ右をする。
「待て」
そんな私を、カイルの静かな声がひきとめる。
振り返ると、何だか渋い顔をしているカイルが、私へと小箱に挟まっていたメッセージカードを差し出す。
どうやら、読めということらしい。
そこにはこう書かれていた。
『親愛なるリルディ。ささやかな就職祝いに』
つまり、この小箱は私への贈り物ということらしい。
それをなぜ、カイルに渡すよう頼んだのだろう?
その答えは、付け足した走り書きで分かった。
『追伸 カイル様へ 引きこもりは体の毒です。温かなお茶と太陽をあなたに。彼女の慈悲があれば、この中身も召し上がれ』
続いて受け取った小箱を開けると、真っ白な丸い砂糖菓子が詰まっていた。
「うわぁ」
食べるのが勿体ないくらいに可愛らしい。
「あのお節介……」
ボソッと呟いたカイルの言葉に合点がいく。
これは、エルンなりの気遣いなのだろう。
何かを察したエルンが、二人で話すきっかけを作ってくれたのだ。