騎士、姫君と旅立つ(1)
クラウス視点
始まりを思い返してみる。
愛するイザベラへ。
この手紙は、無事に君のもとへ届くだろうか?
城を出てはや数日。
どうしてこんなことになったのか。
君の入れてくれたローズティーが恋しくて……。
そこまで書いてから深いため息を付く。
イザベラの静かに怒り狂う姿が目に浮かぶ。
「帰りたいけど、俺、帰ったら殺されるかもしれない」
すでにベッドに入り、スヤスヤと寝息を立てている、我が主の姿を前に途方に暮れる。
ここは、エルン国を南に進んだ先のとある宿だ。
トリア大陸は全体の半分は砂漠。
それぞれ国は大小あるが、そこを一歩でれば、あるのは砂と太陽くらいなもの。
故に人々は滅多なことでは自国を出ない。
せいぜいが隣国へ行く位なものだ。
それですら、点在するオアシスをいくつか経由して慎重を期す。
うっかり道に迷えば、それこそ命に関わる。
なのに、なぜか俺はそれを我が主、リルディアーナ姫と行っている。
しかも目的地はイセン国。
エルン国からでは、下手をすれば数十日はかかるかもしれない。
「夢なら覚めてほしい」
と、いったところでこれは現実なのだ。
「うぅん……クラウス……」
姫様は目を閉じたまま、むにゃむにゃと俺の名を口にする。
(もしや夢の中に俺が!?)
激しく気になる。
続きが気になって、思わず無礼と知りつつ、姫様を凝視する。
「……」
そのまま、思わず見惚れてしまう。
こうしてみると、その金の髪は本当に美しい。
月明りを宿し、ほの暗いその場に光を集めているかのようだ。
母君であるアンヌ様はランス大陸民。
その血を受け継がれた為なのだろう。
ここトリア大陸は、太陽の神が支配する国と呼ばれている。
浅黒い肌と暗い色合いの髪の者が多い。
姫様のような金の髪に薄い色素の肌は希少だ。
この宿に入った時も、かなりの注目を集めてしまった。
『まるで見世物小屋の珍獣扱いだわ』
姫様は憤慨していたが、そうではないと思う。
“太陽の姫君”
自国の民は、そう呼び慣れ親しんでいる。
姿かたちだけでなく、利発的で慈愛深い姫様は、まさに太陽そのものだ。
人よりは神に近しい存在。
だから、姫様を初めてみた輩は、人ではない何かをみるような目をするのではないか。
その美しい優美な姿に見惚れてしまう。
『死んではダメよ』
初めて会った時、手を差し伸べてくれた姫様を、俺も女神と疑わなかった。
騎士として忠誠を誓う今、姫様は変わらず俺にとっての女神だ。
「だから~そこに金のアルパカはいないってば……クラウスのとんちんかん」
(て! どんな夢だ!? なんだ? アルパカって!!)
昔を思い出し浸っていた俺は、姫様の寝言に、どっちがとんちんかんだ! とツッコミを入れかけて、すんでで踏みとどまる。
危うく、姫様の健やかな眠りを妨げてしまうところだった。
「夜明けまで、もう少し……か」
小窓を覆う闇が少し薄れてきたのが分かる。
いくらベッドが二つあるとはいえ、そこに寝るわけにはいかない。
『気にせず隣で寝てね』
姫様はそう言い、俺もすんなりと頷き床に着いた。
けれど姫様が深い眠りに落ちたと同時に、ベッドを抜け出し、扉の前に椅子を置き座った。
本当は直立が望ましいが、やはり体力温存は必要だ。
不本意ではあるが仕方がない。
騎士は主を護り従う者。
不測の事態以外は、きちんとした距離を保たねばならない。
特に主が女性の場合には、自制と節度は常に求められる。
美しく成長された姫様。
けれど、まだそのお心は清く幼いままだ。
それは微笑ましくなる反面危うくもある。
俺を男との認識がない。
それは構わない。
だがもし他の男にも、こんな気軽さを見せられたらと思うと、頭が痛い。
危機管理が低すぎる。
周りが過保護すぎるのだ。
俺を含めてなのだが。
今回だって、別々の部屋を取るべきだったのかもしれない。
だが、姫様の側を離れるのはどうしても不安なのだ。
昔、まだ騎士に成り立てのころ、ほんの少し目を離した隙に、姫様が連れ去られたことがある。
それは深い悔恨とともにトラウマでもある。
二人旅をしている今、姫様を守るのは自分以外にいない。
『もしも』は絶対あってはならない。
今度こそ絶対に。
そもそも、今回のことを結局止められなかったのだから、自業自得でもある。
夜明けまでもう少し。
俺は、こうなった経緯を思い出していた。