芽生え始めたキモチ?
リルディアーナ視点。
カイルの行動に混乱しながらも……。
私は、屋敷の一角にある部屋の前まで来ていた。
エルンに聞いた場所。
此処は”書庫”で、そしてカイルがこの部屋にいるとのこと。
「……」
心臓がドクドクと音を立てている。
怖気づいて弱気な自分を感じる。
『逃げ出したい』
久しぶりにそんなことを思う。
小さな頃の初めての舞踏会。
物珍しいものを見る、意地悪な大人たちの視線。
時には侮蔑的な言葉が耳に届いたりもした。
“太陽の姫君”と呼び、慈しんでくれる自国の民。
けれどそこでは、私の容姿はただの見世物で、嫌悪の対象ですらあった。
あの時、私は逃げ出したくて仕方がなかった。
あの時恐かったのは、周りの視線。
そして今恐いのは何なのだろう?
その答えは未だ出ることなく、ここに来てしまった。
早鐘する胸を押さえて、昨夜のことを思い返した。
………………
「ち、ちょっと! リルディ、ストップ」
カイルから離れたくて、早足で歩き続ける私の腕をひいて、ネリーは立ち止まる。
「さっきのなにあれ? 正直に話なさいよ」
「……」
何なのかは、私が聞きたいくらいだ。
いきなり、『警戒心を持て』とか『隙がありすぎる』なんて言われて、挙句、拘束されて壁に追い詰められて……。
黙り込む私に業を煮やしたのか、ネリーが息ひとつついて言葉を放つ。
「あなたとカイル様って、付き合っているんじゃないの?」
「えぇ!? ち、違うよ」
ネリーの言葉に、つい声が上ずってしまう。
「えー? だって何だかそういう雰囲気だったじゃない。てっきり、恋人同士の痴話げんかかと思ったんだけど」
「全然違うっ。カイルとはそんなんじゃないもの」
「じゃあ、何だったのあれは?」
ネリーに詰め寄られて、私はまたも言葉に詰まる。
「話してくれなきゃ、離れないわよ?」
それを固持するみたいに、私の腕をギュっと掴んで離さない。
「私にもよく分からないの。えっとね……」
あの廊下でのカイルとのやりとりを一部始終話してみる。
いくら考えたって分からない。
こうなったら、見られついでにネリーに聞いてみようと思う。
聞き終えたネリーは、小さく頭を振り私の肩を軽く叩く。
「それって、どう考えてもあなたが悪いわよ」
そうしてからきっぱりとそう言い放つ。
「どうして?」
あんまりきっぱりと言われてしまって、つい不満げな声が出てしまう。
「もう! 本当にあなたって。カイル様は、“女”としての心構えを言っていたのよ」
「女として?」
「いいこと? 危険なのは何も盗賊や詐欺師だけではないのよ?」
ネリーの言いたいことが分からず、首をかしげてしまう。
「だからつまりね、悪い男にでもひっかかるんじゃないかって、カイル様は心配したのよ。ていうか、あなたのその様子見ていると、私も心配だと思うわ」
「へ? えぇ!? ないっ。そんなのないよ! だって私、その、誰かにそういう目で見てもらったことないし。いつも、“色気のないお子様”とか“嫁の貰い手がない”とか言われていたし。む、胸もないし……」
幼馴染のアルに、さんざん言われていたことだ。
それに、他の男の人とちょっと仲良くなっても、どうしてか次に会う時には、余所余所しくなっていたりする。
誰かに言い寄られたことなんて皆無だ。
「えー? 嘘ぉ。だってあなた可愛いしモテるはずでしょ。ていうか、胸ないとかって言ったの誰よ? そういうデリカシーない奴って、案外、好きな子ほどいじめちゃうお子様だったりするのよね~」
「ともかく、そういう心配はないの。でも、そっか。カイル……様、そんなこと考えていたのかな?」
だから、あんなことをしてみせたりして……。
思い出すと、どうしようもなくドキドキしてしまう。
自分の体をギュっと抱きしめる。
「“触らないで!”って声が聞こえた時には、すごくびっくりしちゃったわよ。って! リルディ、顔真っ赤。大丈夫?」
「ダメかも……」
「確かに、あんな暗がりの廊下で拘束するなんてやり過ぎ。恐かったのね」
ネリーが慰めるようにヨシヨシと頭をなでる。
「ううん。違うの。そうじゃなくて……」
確かに驚いたし、最初は腹が立った。
けれど、カイルに手首を掴まれ、その瞳をまじかで見た時、目が離せなくなっていた。
その吐息を聞くたびに、息が出来なくなりそうになって、壊れてしまったみたいに胸の鼓動は早くなっていて。
「恥ずかしくて死にそうで腹が立って……なのに、近くにいることは全然嫌じゃなかった。むしろ、離れ難いと思っていたり。感じていることがめちゃくちゃで、自分が自分じゃないみたいに訳わからなかったの。だから、もう一度触れられるのが恐かった」
「あらあら」
ネリーは目を瞬かせ、口元を押さえこむ。
「ねぇ、ネリー。私どうしちゃったのかな? こんなの絶対変だよね?」
「傍から見れば、一目瞭然なんだけどね。ふふ。きっとそのうちどういうことか、分からるわよ。かなり前途多難ではあるけれど、その時は応援してあげる」
ほとんど独り言みたいに呟いて、訳が分からない私にウィンクをしてみせた。