不器用な想い(2)
一夜明け、俺は朝から書庫に入り浸っている。
ここに入れるのはごく一部のものだけ。
誰にも邪魔されず、時間をやり過ごせる唯一の場所だ。
今は誰にも会いたくない。
特にリルディに、どんな顔で会えばいいのか分からない。
(あんなことするつもりじゃなかった)
ただ気になって、様子を見るだけのつもりだった。
だが、あまりにも無防備に嬉しそうにしているリルディの姿を見て、唐突に不安になったのだ。
(リルディは、こうやって誰にでもなつく。そう。ここにいるのが俺じゃなくても、だ)
そう考えたら堪らなくなった。
俺が放った”警戒心を持て”という言葉は、リルディのためのものじゃない。
俺の馬鹿らしい妄想と嫉妬心からきたものだ。
「愛想を尽かされても当然か」
何をそんなにあいつに執着しているんだ?
今の自分の姿が滑稽すぎて笑えてくる。
「失礼致します」
軽いノックと共に扉が開かれる。
「……何の用だ?」
無意味に開いていた本を閉じ、俺は扉の外にいるエルンストを見る。
「申し訳ありません。お忙しいようなら、あらためますが」
ピリピリとしている空気を感じ取ったのか、部屋の中に入ることを躊躇っている。
「いや、構わない」
わざわざ、ここに来たのだ。
何か、緊急の用件なのだろう。
本を隣の山に積み上げ細い銀フレームのメガネを外す。
普段かけることはないのだが、この部屋で本を開く時には、メガネをかけることがクセになっている。
「それでは、失礼致します。……それにしても、相変わらずすごい部屋ですね」
エルンストの言う”すごい”とは、その本の量のことだろう。
なにせ、棚にはもちろん、床にも大小の本がいくつも積み上げられている。
しかも、棚や周り中に無造作に積み上げられた本はすべて、魔術に関連するものばかりだ。
この屋敷の元の主が魔術師であったためだが、それは今の主である俺に、そっくり受け継がれている。
本来禁忌である魔術に関連するものがあふれ返るこの部屋は、俺が魔術を扱うことを知る限られた人物のみが立ち入れる場所なのだ。
「それで、要件は何だ?」
そう言いながら、床に座り込んでいた俺は立ちあがりかける。
「はい。リルディのことなのですが……」
バサバサバサッ!
その名を聞いた俺は、隣に積んでいた本の山に肘を当てなぎ倒してしまう。
不運なことに、その隣とその隣にも本の大きな山があり、連鎖的に山は崩れ、恐ろしい数の本が床に散乱する。
「カイル様! 大丈夫ですか!?」
「あぁ。俺は……な」
だが部屋は壊滅的だ。
もはや、この部屋が”書庫”と呼べるのかどうかが更に怪しくなってしまった。
なにせ、使用人は一切立ち入り禁止のため、整頓する者がいないのだ。
日々、俺が気まぐれに本を引っ張り出すため、気がつけばそこは、床が本であふれ返っている。
そして今の現象で、また一つ読書スペースが狭くなってしまった。
「構わぬ。話を続けろ」
「あ、はい。先ほどリルディに会って来たのですが、どうにも様子がおかしいのです」
「……」
今日、エルンストがリルディに会いに来ることは聞いていた。
だがまさか、わざわざそんな情報をもたらされることになろうとは。
「念のため、カイル様にもご報告をと思いまして」
俺は平常心を保つため、床に散乱した本を無造作に空いている棚に詰め込んでいく。
「あの……」
「なんだ?」
エルンストが俺を見て怪訝な顔をしている。
「それ、反対ではないのですか?」
「……」
言われて、一心不乱に詰め込んでいた本がすべて、逆さだということに気がつく。
「どうやら、リルディのこと、何か心当たりがお有りのようですね。カイル様」
「何のことだ?」
元に戻すのも癪なので、そのまま本を詰め込んでいく。
要は、読書スペースが確保出来ればいい。逆さだろうがなんだろうが関係ない。
「……非礼を承知でお願い致します。一時、”エルン”として接していただけませんか?」
その言葉に、手を止めエルンストを見返す。
エルンストを”エルン”と呼んでいたのは、王位に就く前のことだ。
つまり、主と臣としてではなく、対等な立場として話をしたいということだろう。
「……」
拒むことは出来る。
俺が否と言えば、エルンストはひくのだろう。
だが、強く拒む理由もない。
それに、リルディの名が出たことも気になる。
「構わない。今は俺の地位は忘れろ。エルン」
俺の言葉にエルンストは軽く笑む。
「ありがとうございます。……じゃあ早速、何があったのか話してみろよ。カイル」
近くに積み上がった本の上に腰かけ、エルンストは昔そうであったように、兄貴風を吹かせ言い放った。