不器用な想い(1)
カイル視点。
リルディアーナに仕掛けたのは、戯れのはずだった。
俺はリルディの細い腕を掴んだまま、その姿を見つめる。
(こいつは何も分かっていない)
力でねじ伏せることなど簡単なのだ。
無防備でいれば、それをたやすく踏みにじることも出来る。
警戒心の欠片もないリルディに苛立ち、それを分からせるための、ほんの悪戯心。
すぐに解放してやるつもりだった。
「……」
けれど、こうして実際に触れてしまうと、離しがたくなる。
その肌に、唇に触れたいという欲望がうずき出す。
エルンストにそうだったように、リルディは屈託なく誰にでも笑みを向けるのだろう。
そう思うと、心にどす黒い影を落とす。
誰かに触れられる前に、自分のものなのだという“印”をつけてしまいたいという、浅ましい独占欲が顔をのぞかせる。
天窓から月明かりが差し込み、不意にリルディを照らす。
戸惑いと怯えを含んだ表情が鮮明になる。
「……」
「!?」
微かに潤んだ青い瞳とかち合って我に返る。
拘束を解き、髪をぐしゃりとかき混ぜて、息を吐き出す。
(馬鹿か俺は……自分から戯れを仕掛けて、本気になってどうするんだ)
自分がこんなにも自制心がないとは思いもしなかった。
「どうして、こんな意地悪するの?」
拘束を解かれたリルディは、俺から離れ小さく呟く。
少し声が震えている。
瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
今さら、どうしようもないほどの罪悪感が押し寄せる。
リルディのことを気にかけて来たというのに、元気づけるどころか怯えさせてしまった。
なんという失態だろう。
「悪ふざけが過ぎた……頼むから泣かないでくれ」
「いや! 触らないで!!」
手をリルディに伸ばしかけたが、おもいっきり拒絶された。
「……」
その言葉は、予想を遥かに上回る攻撃力で、俺は暫しフリーズする。
「リルディ!?」
バタバタと足音が聞こえ、現れたのは細い三つ編みの髪のメイド。
リルディの声に驚いて、慌てて走ってきたのだろう。
「な、なにごと!?」
伸ばしかけて行き場のない手を止めたままの俺と、涙目で怯えているリルディ。
「……」
俺たちを交互に見ながら、そのメイドはうんうんと頷く。
「私は何も見ておりませんから。お気になさらないでください」
意味ありげに笑いそんな言葉を口にする。
何か激しく誤解されている気がする。
「いや、待て。これは、その、違うんだ」
何が違うのか自分でも分からぬが、思わずそんな言葉を口にしてしまう。
「いえいえ。私、口は固いですもの。他言致しません。むしろ、それならそれで、お二人の仲を応援致しますわ!」
まずい。
間違いなく、おかしな誤解をしている。
「いや、だから……」
「全然関係ないの! たまたまここで会ったから、話をしていただけなんだから」
俺の言葉を遮り、リルディが即座に否定する。
(全然関係ない?)
その言葉に、俺はまたもフリーズする。
そう。確かに関係ないのかもしれない。
俺はリルディの恋人ではないし、友人ですらない。
ただ偶然知り合っただけの相手。
分かっていることだというのに、なぜこんなにショックなのだろう?
「カイル様。おやすみなさい」
リルディは一礼をして、目も合わせず、未だ茫然としている俺の間をすり抜けていく。
「行こう。ネリー」
「え? けれど、カイル様はいいの?」
「いいの!」
ネリーというメイドを引っ張り、リルディはその場から姿を消す。
「……最悪だ」
自分の馬鹿さ加減に目眩がする。
取り残された俺は、暫くその場に佇むのだった。