メイド見習い初日(4)
メイド初日が終わった。
「つ、疲れた」
ひたすら動き回ってヘトヘト出し、覚えることは山のようにあって頭の中も、パンク寸前。
ネリーには、これでもかというほど扱かれた。
解放されたのはついさきほどで、すでに日が落ちてだいぶ経つ。
今日は、メイドとしての部屋が用意されているということで、教えてもらった部屋へと向かう途中だ。
「でも、このくらいで弱音は吐けないわよね……」
ネリーはまだいくつかやることがあるとかで未だ仕事中だ。
私に指導している上に、自分の仕事ももちろんあるわけで。
私なんかより数倍働いている。
(よし! 明日もがんばろう)
ボヤボヤする意識を覚醒させるため、何度か頬を叩いて気合いを入れる。
「お前、何してるんだ?」
「き……」
薄暗い廊下でいきなり声をかけられ、思わず悲鳴が漏れそうになるのを、後ろからすばやい動きで口をふさがれる。
「叫ぶな、馬鹿者」
すぐ耳元で、焦りを含んだ不機嫌な声が聞こえる。
今ではもう、さんざん聞きなれている声だ。
顔だって、見なくてもどんな表情をしているか想像できてしまう。
「静かにしろよ」
その言葉にコクリと肯くと、口を塞いでいた大きな手が離れる。
振り返ると、予想通り眉間に皺を寄せて、苦虫を噛みつぶしたような顔をしているカイルがそこにいた。
「あー、びっくりしたわ」
「それはこちらのセリフだ。急に大きな声を出すな」
「だって誰もいないと思っていたら、いきなり現れるんだもの」
今いる此処は、メイドたち使用人の部屋がある離れへと続く廊下。
すでに本日の仕事を終えた者たちは部屋に引き揚げているし、人がいるだなんて思いもしなかった。
「ここで何をしているの?」
まして、屋敷の主がいるような場所でもない。
「……俺がどこにいようと勝手だろ」
しばしの間を開けてから、ばつが悪そうにぶっきらぼうに言い放つ。
「うん。そうなんだけど」
「で? お前は何をしていたんだ? こんな廊下の真ん中で顔を叩いて」
「あはは。ちょっと気合いを入れていただけ」
私をジッと見て、カイルは軽く息を吐き出す。
「なんだ、案外元気なのだな。いらぬ心配だったか」
一人心地でそう呟く。
「えっと。もしかして、心配して此処で待っていてくれたの?」
「別に……」
私の問いに、カイルは口元を押さえて、プイッとそっぽを向く。
「でも、今心配したって言ったよね?」
自然と口元が緩む。
自分を気にかけてくれている人がいる。
それだけで、何だかすごく嬉しい。
疲れなんて吹っ飛んで、代わりに、胸の辺りがホワホワしてウズウズする。
期待を込めた眼差しを向けていると、カイルの眉間の皺が濃くなっていく。
「カイル?」
「頼むから、俺以外の者にそういう風になつくなよ」
なぜかいつになく真面目な顔でそう言い放つ。
「?」
そういう風ってどういう風だと言うのだろう?
しかも“なつく”って……。
「あのね、人を子供扱いしないでよ」
「子供だろう? お前は危なっかしすぎる。もう少し、警戒心というものを持て。隙がありすぎるんだ」
「意味がよく分からない。どうして警戒する必要があるの? それに、私のどこに隙があるのよ」
カイルの言葉に口を尖らせる。
ここはカイルのお屋敷で、カイルたちは信用が出来る人だ。
どうして“警戒”したりする必要があるっていうんだろう。
「……」
カイルは無言のまま私を見つめ、次の瞬間、私の両手首をつかみ取った。
「え?」
瞬く間の出来ごとに、一体何が起こっているのか分からなかった。
気がつくと、廊下の壁に両腕を拘束されたまま押しつけられ、自由を奪われていた。
唐突な出来ごとに、ただ唖然としてしまう。
「カイル?」
「……」
声をかけても反応をしてくれなくて、力を入れて捕えられた腕を動かしてみるけれど、ビクともしない。
「言っただろ? 隙だらけだって。この状態で、お前はどうやって俺から逃げる?」
ゾクッとするような低いトーンの声。
私を拘束するカイルは、思った以上に至近距離にいて、微かな息遣いさえも感じる。
「は、離して」
カイルに触れられている手首が熱い。
そこから伝染して、体中がカァッと熱くなっていく気がする。
「無駄だ」
バタバタと暴れる私に、カイルは無慈悲な言葉を放つ。