メイド見習い初日(3)
客室に入り、早速雑巾をギュウギュッと絞って、とりあえず棚という棚を拭いていく。
といっても、埃なんてみえないくらいにピカピカで、掃除が行き届いているのがよく分かる。
毎日こうやって掃除しているのね……。
(メイドって偉大な職業なんだなぁ)
なんて考えていると、遠くからユーゴさんの盛大なため息が聞こえてくる。
(こ、怖い……)
チラリと見ると、ドアの前に背筋を伸ばして立っているユーゴさんの姿。
腕組をして、ジーと私の仕事を観察している。
ため息をつかれること数回。
「ユーゴさん。どこかダメなところがありますか?」
私も我慢の限界で、何度目かのため息の際に尋ねてみる。
「ダメなところ……」
言葉を反芻され、私は固唾を飲んで答えを待つ。
「しいて言うならすべてです」
「うっ」
ダメだしどころじゃない。
全否定されてしまった。
「た、たとえば、どのあたりがですか?」
挫けそうな気持ちを奮い立たせ、質問してみる。
「まず、雑巾の絞り方からして、まったく成っていません」
そ、そこからなの?
まさかの切り口だわ。
「いいですか? 掃除の基本は……」
クドクドと雑巾の絞り方から拭く場所。
拭き方。
心構えまでを説かれる。
「大体、私がなんのために、昨日あなたを客室に泊めたと思っているのですか?」
「えーと……何か理由があったのですか?」
それは私が疲れているだろうからという、ユーゴさんの心遣いじゃなかったの?
「当たり前です。メイドになるにあたって、行届いた客室というものを、身をもって知ってもらうためです。まさか、悠長にお客気分だったわけではないでしょう?」
「……」
おもいっきりお客様気分だった……なんてことは、口が裂けても言えない。
「ここまで、一通りあなたの働きぶりをみていましたが、メイドとして合格点に到達しておりません」
「一通と言うと……」
「あのシーツの干し方はなんですか? あれでは皺だらけになってしまいます。食器の洗い方も大ざっぱすぎます。しかも二枚も皿を割っていますね」
「うっ」
まったく気がつかなかったけれど、ユーゴさんに事細かに見られていたらしい。
「掃除に至っては、汚しているのか掃除しているのかという感じですし……」
そこまで言って大きなため息をつく。
何だか自分では精一杯がんばっているつもりなのに、ここまで言われると、予想以上にへこんでしまう。
「期待はしていませんでしたが、ここまでひどいと正直対処に困りますね」
しかも、そんなことを無表情に淡々と言われると落ち込んでいく一方だ。
「ユーゴ様、お客様がお見えです」
返す言葉もなく項垂れていると、ネリーが部屋にやってきてそう告げる。
「そうですか。では、私はこれで。ネリー、彼女の手伝いをして下さい」
「かしこまりました」
ユーゴさんが部屋を出ると、思わずため息が漏れる。
「うふふ。さっそく、ズバズバ言われたようね」
「うん。しかも全部的を射てるというか。はぁ。自分がこんなにダメダメだなんて思わなかったわ」
見るとやるとでは大違いだ。
この仕事がどれほど大変か、今さらながら思い知らされた。
「ふーん。てっきり、あなたってカイル様たちの知り合いで、特別待遇なのかと思ったけれど、そういうわけでもないんだ」
クリクリとした瞳で、私を意味ありげに見ながらそう呟く。
「カイル……様とは、その、偶然出会っただけで、えーと。実はね……」
暗記したばかりの、ユーゴさん力作設定をネリーに告げる。
元は豪農で、イセン国には失踪した父親を捜しにと、病弱な母親と幼い弟を養うために出稼ぎに来て、カイルたちと知り合った……という、どこかで読んだことがある小説みたいな話。
「……」
聞き終えたネリーは黙り込んで、考え深げな顔をしている。
(やっぱり無理があったかな? 疑われている?)
ハラハラとした気持ちで、ネリーの言葉を待つ。
「……そういうことか。あなたってお嬢様っぽいし、メイド業もずぶの素人まるわかりだったしさ。やっぱり、元裕福なお嬢様だったんだ。それが、こんな苦労する羽目になるなんてね。うんうん。決めた! 私、リルディのこと応援するからさ。メイドのイロハ、このネリー様が教えてあげるわよ」
反らした胸をトンッと叩いてウィンクしてみせる。
「本当に?」
「もちろん! それに、リルディと仲良くなれば麗しの君との接点が出来そうだし……」
最後の方は、ボソボソと独り言のように呟く。
「エルンがなに?」
「ううん! な、なんでもないわよ。さーて、ビシビシ行くから覚悟しなさい」
「お願いします!」
こうしてネリーの指導のもと、メイド修業が始まったのだった。