メイド見習い初日(2)
「リルディ?」
「あ、ラウラ」
早足に廊下を歩いていると、途中でラウラと行き合った。
「お話終わった? ラウラ、迎えに来た」
「うん。ありがとう」
思わずあの場を離れて来たけれど、そういえば自分がどこに向かうべきか、それも分かっていなかったんだ。
「リルディ、顔が赤い?」
ラウラのその言葉に頬に触れると、確かにいつもより熱い気がする。
「あれ? 本当だ。それに何だかドキドキしているかも?」
何だか胸の辺りがワサワサするような落ち着かない感じだ。
「具合悪い? お仕事無理?」
心配そうな声で問い、私の顔を覗き込む。
「平気だよ。今日が初日、バッチリ気合い入れてがんばるわ!」
これからが重要なんだから。
ボーッとしている場合じゃない。
「よかった。まずはみんなに挨拶。案内するね」
「うん。よろしく!」
こうして、私のメイド生活が始まったのだった。
………………
大広間で軽く挨拶を済ませる。
もちろんカイルとの出会いは話せないので、南の小国から出稼ぎに来た……という設定での自己紹介だ。
そのあとは、さっそく仕事が開始された。
どうやら、始まりから終わり時間まできっちり決められているらしい。
皆、無駄話することもなく、解散の合図とともに散り散りになっていく。
屋敷はけっこうな広さだ。
私のいたお城よりは狭いけれど、それにしたって、大貴族といっても差し支えのない豪邸。
それなのに……。
「新人さん! これ干してきてっ」
「はい!」
「新人! この食器洗っとけ」
「は、はい!」
「ちょっと、そこの、えーと。ま、いいや! ともかく、これあっちに運んで」
「うっ。はい」
「リルディ! これで客室の拭き掃除お願い!」
「はい……って、あれ? ネリー」
新人として紹介されてから、色々な人から仕事を頼まれる。
ひとつ仕事が終わる度に、ひとつ仕事が出てくる。
そんな状態で、息つく暇もない。
今も大量の書類の束を運び終わったら、目が合ったと同時に、雑巾とバケツを渡された。
そして、それを渡してきたのは、朝、部屋にやって来たネリーだった。
ずっとまともに名前を呼んでもらえていなかったから、ネリーが名前を覚えていてくれて、ちょっと嬉しい。
「どう、新人初日は?」
「あはは。大忙しだね。大きなお屋敷なのに、働いている人が少ない気がする」
そうなのだ。
普通、これほどの大きさの屋敷であれば、それ専属の使用人が何人かいるものだ。
けれど、それぞれの人数が少なく、どこもフル活動という感じで、人出が足りていないように見える。
「実際少ないのよね。あの氷の君に恐れをなして、辞めていく人が多いのよ。というか、辞めさせられる……ひっ」
途中で言葉が詰まらせ、ネリーは私の後ろを見て口元を押さえている。
不思議に思って後ろを振り返ると、そこには無表情のユーゴさん。
「ほぅ。初日から無駄話とは、相当余裕のようだ」
「い、いえ……」
け、気配がまったくなかった。
突然の登場に、私はおもいっきり間誤付く。
「大変! 私、用事を頼まれていたんだわ。失礼します! あー忙しいわ」
そんな私を尻目に、若干芝居がかった口調でそう言うと、ネリーは一礼してその場から逃れる。
「え、えっと、私も客室の拭き掃除に行かなきゃ」
「では、私も一緒に参りましょう」
「え? えぇ!?」
思ってもみなかったことに、思わず悲鳴に近い声が漏れる。
「新人の仕事振りをチェックするのも私の務めですので」
「そ、そうなのですか」
そう言いながら、その目がキラーンと光ったように見えたのは、見間違いだろうか?
(ん? あれは……)
その時、ユーゴさんから死角の、柱の陰にいるネリーの姿が見えた。
目が合うと、握りこぶしを突き上げて私にウィンクしてみせる。
どうやら陰ながら(というか本当に陰から)応援してくれているらしい。
私は覚悟を決めて、コクリと大きく肯く。
「ユーゴさん。よろしくお願いします」
そう言いながら、思わずバケツを持つ手に、力がこもるのだった。




