メイド見習い初日(1)
リルディアーナ視点。
メイド見習いとして働く初日。
「……」
「……」
ユーゴさんの部屋を出た後、もう一人の気まずい相手とバッタリと出会ってしまった。
(困ったな。まだ、心の準備が出来てない!)
目の前には、分厚い紙の束を抱えたカイル。
カイルも無言のまま私を見ている。
こうなったら、先に謝ってしまおう。
「昨日はごめんなさいっ」
「なんだ? 突然……」
深々と頭を下げると、カイルの戸惑いを含んだ声が降ってくる。
「昨夜のこと。話の途中で寝てしまって、ものすごく失礼だったなって」
「あ、あぁ。いや、むしろ俺の方が悪かった。魔が差しそうになって……」
「へ? 魔が差しそうになったってなに?」
失礼をしたのは私の方で、カイルが謝る理由はないはずなのに。
顔をあげると、あからさまに視線を外される。
「い、いや。忘れろ。それより、元気……なのか?」
恐る恐るというように私の顔を覗き込む。
眉間の皺が濃い。
が、怒っているわけではなくて、なぜだか心配しているみたいだ。
「もちろん! 今日からメイドとして働くんだもの。それはもう元気だよ」
「そう……か」
ほんの一瞬だけ、優しい顔になった気がする。
どうして心配されていたのかよくわからないけれど、カイルが気にかけていてくれた、そのことになぜだか心がホッコリと温かくなる。
「カイル……!」
名を呼びかけて、つい先ほどユーゴさんに言われたことを思い出す。
「カイル様はお元気ですか?」
「!?」
”様”をつけて言い直した私の問いに、カイルは持っていた紙の束を落としてしまう。
床に紙が散乱する。
「大丈夫!? と、ですか?」
「あーくそっ。お前が変なことを言うからだ。なんだ、その“様”とか、たどたどしい敬語は。新手の嫌がらせか」
今度は明らかに不機嫌から眉間にしわが寄っている。
「嫌がらせって……。そうじゃなくて、ユーゴさんに呼び捨て禁止令を言い渡されたところ……でしたので」
「あいつ、余計なことを」
「そんなことより、拾わなくっちゃです」
しゃがみ込み、散らばる紙を拾い集める。
「“様”というのはやめろ。お前に言われると気味が悪い」
「そういうわけにはいきません! えーと“カイル様”がダメなら……」
すべてを拾い終えると、私はそれをカイルへと手渡す。
「あぁ。悪いな」
「いえ。どうぞ、ご主人様♪」
バサーッ!
「えぇー!」
なぜか突然硬直したカイルは、紙を受け取り損ね、せっかく拾い集めた紙が再度、床に散乱する。
「ますます悪い! ご、ご主人様とか言うなっ」
なぜか心なしか赤い顔をして、私からおもいっきり視線をそらす。
「そ、そんなこと言われても! ユーゴさんの命令なんです。しょうがないじゃないっ」
って! あぁ、もうすでにボロが出て、ため口と敬語が混ざってしまった。
「おかしいだろ。主は俺だ。俺の命令こそ、絶対だろ」
「うっ。けど、ユーゴさんに怒られるよ。それに、メイドが主を呼び捨てなんてやっぱりおかしいと思うし」
確かにカイルは私の主だけど、ユーゴさんは私を指導する立場の人。
相反する二人の命令どちらに従えばいいか分からない。
「……分かった。人がいる時は許可する」
途方に暮れる私に、ため息混じりのカイルの声が降ってくる。
「ご主人様?」
「そ、それはなし! もう一つの方でだ」
「カイル様ね」
「あぁ。だが、二人の時は今まで通りに呼び捨てにしろ。敬語も禁止だ」
「でも……」
「俺がそうしてほしい。ダメ……なのか?」
その顔は妙に寂しそうで、昨夜の子供みたいに心細そうだったカイルを思い出してしまった。
「了解です。うん。主であるカイルがそう望むなら。二人の時は普通に話すね」
このくらいなら、ユーゴさんだって多めにみてくれるだろう。
本人の希望だし、いいよね。きっと。
「それでいい。で、サッサとこれ拾えよな。新人メイド」
自分で落としたくせに偉そうに言い放つ。
「もう……」
初めての仕事が紙を拾い集めることって何なの?
「はい。どうぞ」
「ご苦労。さすが期待の新人メイドだな」
カイルはニヤリと意地悪く笑う。
「微妙に馬鹿にされている気がするんだけど」
「気のせいだろ。まぁ、せいぜい精進するんだな。それと……」
不意にカイルは真面目な表情になり、紙の束を差しだす私の手に触れる。
カイルの手は思ったよりずっと大きくて、私の手をすっぽりと包みこむ。
「無理はするな。つらくなったら俺を頼れ。いいな?」
そう言うと私を包む手に力を込める。
驚いてカイルを見上げると、真摯な眼差しとかちあう。
「あ、ありがとう。それじゃあ、また!」
その目があまりにも優しくて、ドキリとしてしまった。
カイルが急に優しくなって調子が狂う。
思わず、逃げ出すようにその場を後にしたのだった。