その頃、魔術師は……(2)
「そんなことより、姫さんのこと本当なんすか? すでにイセン国にいるって」
先ほどクラウスに向けた言葉。
あの状況下、姫さんが無事かどうかなんて、正直俺も自信がなかったっつーのに。
「あぁ。さすがに俺もそこまで意地悪じゃない。あれは本当のことだよ」
それ以上の意地悪……というか、もはや全力の嫌がらせをしておきながら、よくも言えた台詞だ。
呆れつつも、話を続ける。
「ずっと監視でもつけていたっつーことですか? 情報があまりにも早すぎる」
「まさか。それとは別件でね。ジークに追わせていたんだけど、たまたまリルディアーナがひっかかってきたんだ」
そう言うと、懐から取り出した小さな縦笛に口を当てる。
細く高い音が、その場に響く。
それから数度目を瞬く間に、大きな羽音と共にジークは窓から室内へと入り、長の差し出した腕へと降り立った。
長が飼いならしているその鷹は、威圧されるほど大きく長い翼を、その身へと戻す。
「おかえり。ジーク」
「ピッピー、ピッピピー」
それに答えるかのように、その身にそぐわない可愛い声で鳴く。
それに目を細め満足げに頷く。
長はジークの鳴き声の意味を理解出来る。
もちろん普通の人間にそんなことは無理なのだが、なぜか長はジークが放つ鳴き声から、事細かにいいたいことを読み取れる。
しかもジークも人語を理解している。
そのため、ジークは偵察のプロであり、長のお気に入りでもある。
「ふふ。お前はいい子だね。恩知らずに逃げ出したり、忠誠心の欠片も無く動き回ったりしないからね」
あてつけがましくそんなことを呟く。
「人徳の問題じゃねーか?」
「ピヤァピヤァ!!」
ボソッと言った俺の言葉に、ジークは俺へと威嚇するように翼を広げ鳴き声を発する。
「んだよっ。ホントのことじゃねーか。鳥の分際で人様にたて突く気か!?」
こちとらイライラしてんだ。
売られた喧嘩は買ってやる。
「ふふ。鳥と対等に喧嘩してしまう君は、差し詰め鳥以下かな?」
「うっ」
ジークを宥めながら、長は微笑を浮かべ嫌味を放つ。
「ピッピー」
「ジークも同意見だそうだ」
くそっ。マジで今日は厄日だ。
「それじゃあ、俺もそろそろ行きますんで」
「お前に、一つ仕事を頼みたいんだけど」
退散とばかりに出口へと向かう俺を、長のおっとりとした声が引きとめる。
「後にしてくださいよ。今は姫さんを追わなきゃなんで」
「ふぅん。殺人人形を助ける代わりに、無条件で仕事を一つ引き受けるって話を反故にするつもり?」
「……」
クラウスの発作を止める条件。
まさか、こんなに早く持ち出してくるとは。
「それに、君が今動いているのは別に仕事じゃないだろ? ただの君の自己満足。違う?」
「あんたには関係ねぇ話だ。俺が決めたからやっていることですから」
この男はどこからどこまでも知っているらしい。
くそっ。自分の心の中を見られているようで気分が悪ぃ。
「ふふ。少し意地悪が過ぎたね。大丈夫、今回仕掛けてほしい相手は、リルディアーナと一緒にいるから」
「……はぁ!?」
一瞬言っている意味が分からなかった。
俺の仕事は暗殺。
つまり、姫さんは暗殺対象と一緒にいるということになる。
「ジークからの最新情報も入ってきた。なかなか面白いことになっているよ」
「ピッピピー」
俺にはまったく分からない長とジークの会話。
「ち、ちょっと待ってくださいよ。今回のターゲットは誰なんすか?」
長は仕事を好き嫌いで選ぶ。
面白いと思うものや、相当な大物相手でなければ仕事は請けない。
しかも、ナンバー2である俺へわざわざ持ってきた仕事。
それなりに、名のある人物であることは間違いない。
「イセン国王。カイルワーン・イセン。彼が今回のターゲットだよ」
いつもと変わらない底意地の悪い笑みを浮かべ、長であるイサーク・セサルは、とんでもない名を口にしたのだった。