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そして姫君は恋を知る  作者: 未華
間章~そしてその頃他の面々は~
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その頃、魔術師は……(1)

アラン視点。

クラウスが去った後、命じられたのは意外な仕事で……。


 クラウスは、何も言わずに出て行っちまった。

 いくら発作を止めるためとはいえ、ココに連れてきたのはまずかったか……いや、治せるのは姫さんの他はおさしかいねーし。


(さすがにあそこに放置つーのも寝覚めが悪ぃし。んだよ。どっちにしろ、俺は損な役回りだっつーの)


 隣りで機嫌のいい様子のおさに目をやる。


 細身の体躯で腰まで届きそうなダークブラウンの長い髪を、青い石のついた飾りゴムで緩やかに結わえている。

 涼やかな目元と鼻筋が通った整った顔立ちは、女をたぶらかすには十分すぎるほどの見目だ。

 歳は正直まったく分からない。

 二十代でも通るが、十年以上前からその容姿は変わっていない。

 誰がこんな優男が、至上最悪の暗殺者だとわかるだろう? 

 刃物でも魔術でも、この男は芸術的とも言える技で、相手を必ず仕留める。

 組織の中でナンバー2である俺だが、トップであるこの男を超えられる自信がまったくない。


「清清しい嫌われっぷりだったな」


 喉を震わせ笑うおさは、どこか満足気だった。


「楽しそうですね」

「楽しいよ。俺は、あいつのああいう顔が大好きだ」

「……さいですか」


 クラウスは長のお気に入りだった。

 仕事以外の時は、ほぼおさの側に置かれていた。

 そう。自分の意志とは関係なく、魔術で肢体の自由を奪われ、半ば精神を侵されて。

 おさの命令で動く”殺人人形キラードール

 

 もっとも仕事で組まされ、監視役だった俺は知っている。

 あいつは、人を殺すにはまったく向いていない。

 天才剣士だっつーのに、自分の意志では人を傷つけることが出来ない。

 だからこそ、魔術で無理に自我を押さえ込まれ、人形ドールにされた。

 それでも、最後の一太刀を浴びせることを拒む。

 いつも殺すことが出来ず、最後の仕上げは俺の仕事だった。

 あいつは常に自分が殺していたと思い込んでいるが。

 多分今も、良心の呵責というものを抱えているのだろう。


「で、どういうつもりですか? 姫さんに興味があるだとか。まさか本気で、手出しするつもりはないんでしょ?」

「するよ。もちろん。このイサーク・セサルが目を付けたものに、奪えないものはない」


 その言葉には、さすがの俺も言葉を失う。

 いつものことだが、あまりにも緊迫感のないその口調で何とも無謀なことを口にしている。


「冗談でしょ。姫さんはエルン国の姫ですよ? いくら小国だといっても、国を敵に回す気ですか?」


 しかもエルン国の王、フレデリク・エルンは“南の賢王”といわれるほどのキレ者。

 表舞台に立つことを嫌い、ただの小国の王に治まってはいるが、大国イセンですら一目を置いているといわれている。

 迂闊に手を出すことは出来ない相手。


「おもしろいじゃないか。それにさ、手を出すなら今なんだよ。アラン」

「姫さんがイセン国に嫁ぐ前だからですか?」

「それもある。だけど、大きな要因はファーレンの門だよ。そろそろ時が満ちる」


 目を細め意味有りげに俺を見る。


「……ファーレンの門が開く?」

「そう。だから、フレデリクもイセン国も躍起になっているんだよ。もっとも、当の本人たちは知らないだろうけどね」


 確かに、この結婚話には何か不自然なものを感じていた。

 それがまさか、ファーレンの門絡みとは……。


「しかし、姫さんの方はともかく、イセン国には何があるんすか?」

「ふふ。国家機密だし? ちょっとおいそれと口に出来ないかな」


 口元に人差し指を置いて、おさは愉快そうに微笑む。

 なぜその国家機密を知っているのか。

 この男の情報網は広すぎる。


「それにしても、今まで姫さんに興味がある素振りなんて一つもなかったじゃないですか」


 もちろん、クラウスがエルン国の姫さんの騎士になっていることも、そこに俺がちょくちょく遊びに行っていることも知っている。

 それでも、今まで静観を通していたんだ。

 クラウスのことでさえ、居場所を知りながら、“誓約”の後は、まったくその動向を追う素振りをみせていない。

 それがいきなり“興味が出てきた”とは唐突過ぎるように感じる。


「ふふ。ちょっとしたお遊びだよ。ほら、殺人人形キラードールは、リルディアーナを心底大事にしているだろ? それ奪ったら、すごくおもしろそうじゃないか」

「……」


 いや、違う。

 俺は、根本から勘違いしていたのかもしれねぇ。

 この男は、クラウスに興味がなくなったわけじゃない。

 十年という月日を経て、クラウスは唯一無二の姫さんという主を得た。

 それを奪うということは、どれほどの絶望になるだろう。

 機が熟すのを待っていた……そう考えるとゾッとする。


「お断りですね。俺、そういうの興味ないんで」


 やりたきゃ自分でやればいい。

 そんなくだらねぇ座興に関わってらんねーつーの。


「ふぅん。アランにも悪い話じゃないと思うけど。リルディアーナ、ほしくない?」

「!?」

「即答できないってことは、ほしいってことだろ?」

「……金や宝石じゃあるまいし、手に入れればいいってもんじゃないでしょうが」


 姫さんの性格なら、間違いなく俺の仕事を手伝うなんてことはありえない。

 むしろ全力でやめるように俺を説得にかかるだろう。


「大丈夫。俺が何とかしてあげる。意思を曲げる方法なんて、何も魔術だけじゃないから」

「俺は今のままの姫さんを気に入ってるんです。人形にはしたくない」


 ひどく甘いことを言っている。

 分かってはいるがそれが本心だ。


「何だかんだいいつつ、相変わらず過去を引きずっている? 彼女に嫌われるのが恐い?」


 その言葉にハッとして顔を上げると、変わらず何を考えているのか分からない瞳とかち合う。


(この男……どこまで知ってやがるのか)


 心の奥底に仕舞い込んだはずの過去を、勝手に引っ張り出されたようで気分が悪ぃ。


「まぁ、考えておいて。まだ少し時間はあるから」


 俺の返事は聞かず、長は静かに微笑んだ。


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