その頃、騎士は……(2)
イサークは肩を竦め、俺の視線を受け流す。
「アラン、どういうつもりで此処に連れてきたっ」
「言ったろ? お前は、姫さんと離れてパニックになって発作を起こした。あれを治められる相手は、俺は二人しか知らねーし。姫さんがいないとなれば、あともう一人だ」
「そういうことだ。もっとも、俺はリルディアーナのように浄化できるわけじゃない。ただ押さえ込むだけ。体への負荷はかなりのものだと思うがね」
頭痛と吐き気。
体中を占める倦怠感。
それらは、無理に意識を引き戻された代償か……。
「なかなかしぶといものだね。君にかけられた呪いは」
イサークの他人事のような言葉に、怒りは更に強くなる。
(その呪いをかけた張本人が言う台詞か!)
かみ締めた奥歯がギリリと音を立てる。
そんな俺の姿を、イサークは愉快そうにみている。
そうだ。
こいつはこういう男なのだ。
人の絶望をみて優越感にひたる。
腐りきった男。
暗殺者たちの頂点に立ち、闇の世界ではその名を知らないものはいない。
俺は姫様と出会うまでは、こいつに強い呪いをかけられ、殺人人形にされた。
意識を支配され、それでもギリギリのところで自我は保たれる。
死ぬことも許されない生き地獄。
姫様に拾われ、騎士となった今でも、この男の呪いの効力は完全に消えない。
忌まわしい呪縛。
「……」
「おや? もう行ってしまう? そんなに慌てて帰ることないだろう?」
こんなところでこの男と一緒にいたら、気が狂ってしまう。
俺は踵を返すと出口へと向かう。
「積もる話しもあるだろ。たとえば、リルディアーナのこととか」
無視を決め込んでいた俺は、その言葉に動きを止める。
「アランが、リルディアーナをすごく欲しがっているのは気が付いているだろ?」
「げっ。ここで俺の名を出すんですか?」
「ふふ。俺もちょっと興味が出てきたんだ。俺の完璧な呪いをここまで浄化するなんてすごいじゃないか。彼女は、なかなかの逸材だよ。あぁ。そうだ。君がいなくなった穴埋めに……」
「貴様っ!!」
頭に血が上り、沸き立つ怒りを抑えられない。
イサークへと向かい、走りながら剣を引き抜きそれを振り上げる。
ガッ!
だが、剣はイサークに掠ることもなく空を切る。
「おしいね」
優雅に剣の道筋を避けたイサークは、すでに俺の真後ろに立っていた。
「姫様には指一本触れさせないっ。もし近づけば、どんな手段を使っても貴様を殺す!」
いや、刺し違えてでもここで殺すべきかもしれない。
この男は、目を付ければ執拗に追い回す。
まるで蛇のような男だ。
「それは困った。俺はあいつとの誓約がある所為で、お前には手出しが出来ないというのに。俺は完全に不利だな」
「いや、それはそんな嬉しそうに言う台詞じゃないでしょうが。クラウスも長の挑発に乗るなよ。姫さん探しに行くんだろ?」
アランの目が”早く出ていけ”と促している。
「……」
剣を鞘におさめ、怒りで震える体を抑える。
冷静にならなければいけない。
今のこの状態で戦えば、ただの無駄死にになるだけ。
今優先すべきことは、姫様を見つけ出すこと。
「なんだ。少しは遊んでくれるかと思ったんだが。ま、いいか。……久しぶりの再会の記念にひとつ、いいことを教えてあげる。リルディアーナは無事だよ。しかもすでに、イセン国についている」
「……」
「信用出来ないって顔だね。でも俺は、無意味な嘘は付かないよ」
やはりこいつの思考回路はおかしい。
なぜそんな話を俺にするのか。
いや、混乱させて楽しんでいるのか……。
「あと、あいつに会ったら言っといて。迂闊に、コレを使ったこと後悔するかもってね」
自分の髪を結っている青い宝石のついた飾りゴムを持ち上げる。
「それは……」
「誓約だから、殺人人形には手を出さない。だけど、その代償は大きいかもしれない」
暗に姫様の存在を匂わしている。
それは、俺に対しての言葉でもある。
「俺が姫様を守る。あんたの好きにはさせない。絶対に」
いつかは断ち切らなければならない相手だ。
今はまだ無力だが、必ず息の根を止めてみせる。
俺の手で必ず。
「ふぅん。それは楽しみだ」
せせら笑うかのようなイサークの言葉。
絡みつくようなその視線に吐き気がする。
「その体で砂漠を抜けるつもりか?」
いつもより言葉少なげだったアランが躊躇いがちに言葉をかける。
「……」
俺は何も答えずに部屋を出る。
イサークのところにいた時、仕事のペアの相手は常にアランだった。
友人だったとは言わない。
だが唯一、親しい知り合いだった。
だから、姫様の騎士になった後、いつもフラリと現れるアランを警戒しつつ、どこか受け入れていた。
だが、次に会うときは敵同士になるだろう。
そのことが少し寂しいと感じている自分が意外だった。
(姫様は悲しむだろうな)
そんなことを思い首を振る。
今はただ、一刻も早く姫様を見つけ出すのだ。