その頃、騎士は……(1)
クラウス視点。
リルディアーナと離れ、たどり着いた場所は……。
楽しそうな笑い声が聞こえる。
「姫……様?」
瞼を開ければ、目の前には姫様の姿。
かがみ込み頬杖をして、横たわった俺の顔を覗き込んでいる。
「クラウスってば、ずーっと寝ているんだもの」
からかうように言いながらクスクスと笑う。
「そんなに寝ていましたか?」
ここはどこだろう?
どうして、俺は寝ていたんだ?
ぼんやりとした頭で考え、イセン国を目指し、途中で襲われたことを思い出していく。
「そうだ! 魔術で飛ばされたんじゃないですか!!」
アランの馬鹿の魔術で空を駆け、途中で魔術師に攻撃され、別空間に飛ばされた。
「思い出した?」
おかしくてしょうがないというように姫様はまたも笑う。
「よかった。目を覚ましたら姫様の姿がなくて、俺……」
「それで現実逃避で眠っちゃうってどうなの?」
不満げに頬を膨らませて、あきれたように言われてしまった。
そういえば、ひどく頭が重い。
かなり長い時間眠っていたのかもしれない。
「も、申し訳ありません」
「悪いと思うなら、早く起きてよ」
「? いえ、もうちゃんと起きていますよ?」
頭は重いが、意識はしっかり覚醒している。
俺の言葉に姫様は、軽く息を吐き、笑みをかき消し俺を真っ直ぐに見る。
「ううん。クラウスはまだ眠ったままなんだよ」
立ち上がり、俺から離れると、ひどく悲しそうな顔で目を閉じる。
「え?」
サラサラと砂が流れる。
それは姫様の体から崩れてきたもの。
手から腕に腕から肩に、姫様の体はゆっくりと崩れ砂となり流れていく。
「姫様!」
伸ばした手は空を切る。
砂漠で襲われ飛ばされたあの時のように。
「やっと起きたかよ」
重い頭に聞こえてきた、あきれを含んだ声。
「アラン?」
ぼんやりとした視界に赤髪がかすめる。
意識が混濁していて分からない。
ここはどこで、なぜアランがいるのか?
どうして俺はこんなところで寝ている?
「姫……様」
無意識に呼んだその名で、いっきに意識が覚醒する。
「姫様はっ!?」
「魔術で飛ばされた時にはぐれた。で、お前は発作で倒れた。まったく、ここに運ぶのも骨が折れたぜ」
その言葉に半身を起こしその空間を見渡す。
周りを取り囲むのはひび割れた灰色の壁。
粗末なベッドと机だけの部屋。
一つしかない窓には布もかかっておらず、ただそこだけが切り取られたように青い空が見える。
それは遠い昔に見たことがある光景。
「ふざけるな……此処は……」
言いかけて、吐き気がこみ上げる。
ズキズキと頭が痛み眩暈がひどい。
体が不調だからという理由だけじゃない。
この場所を、俺の体は全力で拒絶しているのだ。
「お目覚めか? 久しぶりだな。殺人人形」
身の毛がよだつとはこのことだ。
その声に、体が知らず知らずのうちに震えだす。
「感動で声も出ない?」
余裕を含んだその優しく柔らかい声は、真綿で首を絞められるかのように、俺の精神を追い詰める。
「……貴様は」
イサーク・セサルはそこにいた。
俺がこの世でもっとも厭い憎む相手。
イサークと認識すると同時にベッドから降り……いや、正確には落ちたのだが、そのまま体を壁に伝わせ、イサークとの間合いを取り、剣を引き抜く。
体に力は入らず、何度も膝を崩しながらも、やっと剣を構える。
「相変わらず、いい目をする子だ。手放したのがつくづく悔やまれる」
喉を鳴らして、そんな戯言をほざいている。
「黙れ」
こいつの声は不快な雑音にしかならない。
「落ち着け、クラウス。また発作が起きるだろ。お前がおかしなことになったら、姫さんが泣くぞ」
「そうだ! 姫様……」
アランの言葉に、徐々に冷静さを取り戻す。
「へぇ? リルディアーナはうまく殺人人形を飼いならしているようだね」
「貴様が、姫様の名を口にするなっ」
怒りが恐怖を勝る。
震えはもう収まっている。
大丈夫だ。
俺はもう、こいつの”人形”なんかじゃない。
姫様の笑顔を、イザベラに始めて触れたときの温もりを思い出す。
俺は数メートル先にいる、かつての主を真っ直ぐと見据えた。