姫君、始まりの朝(2)
「どうなの!?」
痺れを切らして更にネリーが近づいてきたその時、またも部屋の扉が開いた。
「あの~、失礼します」
オズオズとした小さな声の後に、またもメイド服の女の子が姿を見せる。
「げっ。ラウラ。なんであんたがココに」
あからさまにうろたえた様子のネリー。
ラウラと呼ばれた少女を見ると、ちょっと変わった格好をしていた。
着ている服はメイド服。
けれど、頭には頭半分がすっぽりと納まるくらい大きなキャップをしていて、わずかに両サイドの髪が出ている程度。
目には、グルグルと渦巻いた大きなメガネ。
可愛らしい声と小柄な体から、下手をしたら幼女にも見える。
「ラウラは、ユーゴ様に頼まれたのです。あのあの、リルディ様。身支度を整えたら、ユーゴ様のもとへ一緒に来てくださいなのです」
「はい。分かりました」
小さな声だけれど、すごく可愛らしい声だ。
メイド服ということは、このラウラという子もメイドなのだろう。
「それであの、ネリーはどうしてここに?」
「くっ。ちょっと挨拶に来ただけなんだから! このことはユーゴには内緒よ。絶対言わないでよ!」
威圧的に言いながらも、ネリーはなぜかちょっと涙目だ。
「はい。分かりました」
大きなメガネで表情がうまく読み取れないけれど、ラウラは苦笑しているようだった。
「リルディ! 話の続きはまた後で。じゃね!」
そう言うと、風のような速さでネリーは部屋を出て行った。
(まるで竜巻みたいな子だったな)
色々と考えていたことが、何だかすっかり頭から飛んでしまった。
「リルディ様?」
「あ、ごめんなさい。すぐに着替えるわ」
「はい。では、ラウラは外で待っていますね」
そう言うと、ラウラは出口へと向かい……。
「きゃんっ」
派手に転んだ。
それはもう、漫画のように体全体がピッタリと地面に張り付いている。
「大丈夫!?」
私は慌てて駆け寄る。
「だ、だ、大丈夫です。ごめんなさいっ」
慌てて起き上がり、ラウラは部屋を出て行った。
「ここ、つまずくところないんだけど」
私は首を傾げる。
何か落ちていたとか段差があったわけじゃない。
それであの見事なコケッぷりはなかなかのものだ。
唯一の救いは、フカフカの絨毯のおかげで、衝撃はさほどなかったみたいってことだ。
「感心している場合じゃないわ。早く着替えなきゃ!」
私は慌てて着替えを開始したのだった。
……………
「まだ、きちんと自己紹介をしていなかったよね。私は、リルディです。よろしくね。あなたも、メイドなんだよね?」
歩く道すがら、私はそう自己紹介する。
「よろしくなのです。はい。ラウラもメイドなのです。一応」
最後の方は何だか消え入りそうな声で答える。
「一応?」
「ラウラは失敗ばかりで全然役立たずなのです。いつも迷惑を……きゃん!」
言いかけたラウラは、またもその場で派手に転んだ。
「ラウラ!?」
今歩いている場所もただの廊下で、さして転ぶ要素も特にはないはずなのだけど。
「ご、ごめんなさい! よく転んでしまうのです。ごめんなさい!!」
「謝らなくてもいいけれど。怪我はない? 大丈夫?」
そう言って、ラウラの手を取って助け起こしたのだけど、驚くくらいに重みがない。
ものすごく軽いのだ。
「はい……。大丈夫です」
相変わらず表情は見えないけれど、声音から落ち込んでいる様子が分かる。
「ふふ。ラウラはいい子なのね」
「?」
「自分の体のことより、一緒にいる私へ謝罪の言葉をかけてくれたんですもの。ラウラは、とても優しい子だわ」
それはきっと無意識に、自分のことより相手を気にかけている証拠だ。
「だってリルディ様にご迷惑を……」
「ううん。私は迷惑だなんて思ってないわ。それから、“様”はいらないよ。私のことは、リルディって呼んで」
「ですが……」
「敬語もなくていいわよ。だってラウラの方が、メイドの先輩なんですもの。これでは、あべこべだわ」
それにこれからは、同じ仕事をする仲間なんだし。
「……じゃあ、これからはリルディと呼ぶことにする」
「うん。改めてよろしく。ラウラ」
たどたどしく言うラウラが、何だかすごく可愛らしくて、自然と笑みがこぼれた。