姫君、始まりの朝(1)
リルディアーナ視点。
その日からメイド見習いが始まった。
私はベッドの上で半身を起こしたまま、ぼんやりと鳥の声を聴く。
「やっぱり夢じゃないよね」
ここはイセン国で、クラウスたちと離れ離れで、カイルのお屋敷にいる。
そして今日からメイドになるのだ。
昨日は結局、浅く眠っては起きてを繰り返していて、正直あまり眠った気がしない。
(なのに、カイルの話を聞いている途中で眠っちゃうなんて)
膝を抱え顔をうずめて、昨日の失態を思い返す。
眠れなくて庭に出て、そうしたらカイルと偶然出会ったのだ。
(それにしても、クラウスのこと、ちゃんと誤魔化せたかな)
クラウスのことを聞かれ、『私の大切な騎士』そう言いかけて、カイルは私が”姫”であることを知らないのだと思い出して、寸でのところで言葉を止めた。
騎士をつけるのは、王族かかなり身分ある貴族くらいなもの。
クラウスが私の騎士なんて言えない。
ついしどろもどろになってしまった。
それでそのあと、メイドについての話をしていたはずなんだけど……。
「ダメだわ。記憶がないっ」
カイルの声を聞いていたら安心して、すごく心地よくなって気が付いたら、目の前にはユーゴさんがいて睨まれて……。
「うぅ。絶対呆れられた」
思わず逃げるように戻って来ちゃったし、正直顔を合わせづらい。
悶々としていたその時、勢いよく部屋のドアが開いた。
「!?」
「あら? まだ着替えもしてないわけ?」
目の前に現れたのはメイド服姿の女の子。
多分、歳は私と同じくらいだろうか?
赤茶けた髪は二つに別けて細い三つ編みにしている。
鼻の辺りに薄くそばかすがあり、目は小さいけれど、クリッとしていて可愛いらしい。
何だか小動物を彷彿とさせる容姿だ。
「あ、あの?」
「始めまして。私はネリーっていうの。見ての通りメイドよ。本日より、あなたが新人で入ると聞いて挨拶に来たの」
私の前に仁王立ちになり、ニッコリと人懐っこい笑みを浮かべる。
「そうだったのね。私はリルディ。よろし……」
「で! あなた、麗しの君たちとは、どういったお知り合い?」
挨拶しかけた私の言葉を遮り、ネリーはベッドに両手を付いて、更に私に詰め寄る。
その顔は真剣で妙な気迫を感じて、思わずたじろぐ。
「麗しの……君?」
聞きなれない単語に戸惑い、ネリーを見るとキラキラとした瞳とかち合った。
「そう。あなた、昨日お三方と一緒にいたでしょう?」
その言葉に首を捻りながら思い出してみる。
「えっと、三人というと、カイルとユーゴさんとエルン?」
「まぁ! 麗しの君たちをそんな恐れ多い呼び方で……」
妙に芝居かかった口調でそう言いながら、ヨロヨロと崩れ落ちベッドに顔を埋める。
「あの? 私、何かいけないことを……」
なにが何やら分からない。
一体、どういうことなのだろう?
「いえ、あまりにも衝撃だったから。あなたって恐ろしい子」
ガバリと顔を上げたネリーは額に手を当て、そんなことを呟く。
「ご、ごめんなさい。あの、もしよかったら、どういうことか教えてくれる? 私、昨日ココに来たばかりでよく知らなくて」
私はそうネリーに懇願する。
「何も知らないなんて! いえ、そうよね。外から来たのなら仕方のないことよね。いいこと? あのお三方。つまり、カイル様、ユーゴ様、エルンスト様は、ここの使用人たちの癒し。あの見目麗しいお三方は目の保養なの。そこでお三方に敬愛を込めてそれぞれ、刃の君、氷の君、麗しの君と呼んでいるのよ」
「刃の君? 氷の君? 麗しの君??」
「そうそう。刃の君こと我らが主カイル様は、あの常に素っ気無い態度無気力。怠惰的雰囲気が、萌えポイントなのよ」
「え? あれ? 今の言葉って、どれもマイナスポイントじゃないかしら? それに萌えポイントってなに?」
「もう。話は最後まで聞きなさいよ。つまり影があるというかミステリアスなところが、惹き付けられるってこと。あなた田舎ものね? 萌えっていうのは、テンションが上がるとか愛おしいとか、そういう感覚のことよ。分かった?」
私はコクコクと頷く。
実はいまいち分かっていなかったけど、ネリーの勢いに押されてしまった。
「氷の君は執事であるユーゴ様よ。見ての通りのあの容赦のない冷たさが人気の秘密ね。時々見せるシニカルな笑みがまたゾクゾクする! みたいな? まぁ、正直私は恐いから、あまり関わりたくないのだけれど、遠くから見る分には良いわね。うん」
「そ、そういうものなのね」
私もちょっと苦手な感じなんだけど、確かにキビキビとしたその動作はカッコイイとは思う。
「でね! 最後は、麗しの君エルンスト様! 語る必要もないとは思うけれど、あの女性に優しい紳士的な態度、気さくなお人柄、爽やかな微笑み。それなのに、戦場では鬼神の如き強さで、あの若さで将軍と呼ばれるほどの地位を確立されているという。もう文句の付け所のない方だわ!」
うっとりと語るネリー。
私の存在なんか忘れて、浸っているかのようだ。
「ネリー?」
「それで! 話は戻るけれど、あなたは麗しの君たちとはどういったお知り合いなの!?」
ネリーの勢いに押され、私はただ目を瞬くのだった。