王、夜の庭園にて(4)
(メイドをするのがリルディのため?)
訳が分からない俺に、ユーゴは淡々とした声音で言葉を放つ。
「今夜、あの者に食事を出しましたが、ほとんど手をつけていなかったとのことです」
唐突な言葉に面食らったが、その報告は聞き捨てならない。
「どこか具合が悪いのか」
確かに、先ほどあったリルディは元気がなかった。
砂漠を歩き通しだったのだ。
体調を崩したとしても不思議はない。
「いいえ。受け答えもはっきりしておりましたし、それはないでしょう。多分、精神的なものかと」
「精神的なもの?」
「連れが行方不明で一人きりという現状、不安でないはずがありません」
その言葉で、その事実に初めて気が付き俺はハッとする。
リルディは弱音を口にしないため、そんな当たり前のことにも気が付かなかった。
「まぁ、本人はあまり深く考えてはいないようですが、その分、体は正直なようですね」
「食事も喉を通らず眠れず……か」
いくらのう天気に見えても、リルディはまだ年端もいかない少女だ。
砂漠に不慣れな様子からして、けっして旅慣れしているわけでもないはずだ。
当然、こんな事態も初めてだろう。
となれば、その不安はかなりのもののはず。
「それにしても、連れの者を探しに飛び出すと思ったのですが、ここに留まることを選んだ。むやみに動けば、情報の混乱も生じます。留まることこそ最善の策。あの者も存外、馬鹿ではないようですね」
「だが、それでなぜメイドがリルディのためになるのだ? そんな状態で働かせてどうする」
「少なくとも、仕事をしている間は気分が紛れるでしょう。思い悩む時間が無駄にあるよりも、体は丈夫なようですから、体を動かして発散するのが良いかと」
確かに、ユーゴのいうことにも一理ある。
「お前が他人を気遣うとは珍しいこともあるものだな」
「効率の問題です。もっとも、そのこととメイドの仕事は別問題。使うからには、遠慮は致しませんが」
“氷の冷相”に相応しい不遜な表情で、ユーゴはそう言い放つ。
「……」
こいつのことだ。
それはもう力の限りにしごきあげるに違いない。
それに果たしてリルディが耐えられるのか……。
「はぁ。わかった。とりあえずはやらせてみればいいさ。まぁ、そう長くは持たないだろうしな」
「ええ。案外早く迎えが来るやもしれませんし」
「……あぁ。そうだな」
ここでの生活は所詮仮初のもの。
覚めれば終わる夢のようなものだ。
そう分かっているというのに、なぜこんなにも心が乱れるのだろう?
「……本当に癪に障る」
「な、なんだ?」
一瞬物思いに耽っていた俺の耳に、微かな舌打ちと呟きが届く。
ユーゴらしくもない物言いと態度に、俺は暫し呆気に取られる。
しかも気のせいか、俺を見ての言葉だったような。
「いえ……失礼を致しました。唐突に、いけ好かない人物を思い出してしまいまして」
その言葉にますます驚く。
他人という者に滅多なことでは心を乱されないユーゴに、こんな風に言われる相手とはどういう人物なのか。
好奇心が頭をもたげて、ユーゴへと視線を向ける。
と、視線を感じ取ったユーゴは軽く一礼する。
「そろそろ部屋へお戻りください」
「いや、眠る気もしなくてな。せっかくだ。もう少し話を……」
「カイル様がいない間、書類が山と溜まっております。眠れないのなら、これから書類に目を通されますか?」
俺の言葉を遮り、ユーゴは淡々とそんなことを口にする。
砂漠に飛ばされる前の書類の山を思い出す。
あそこから更に増えたことは確実。
真夜中にあそこに埋もれるなど、あまりにもむなし過ぎる。
「……少し、いやかなり眠りたい気分になってきた」
ため息ひとつ落して俺はそう呟く。
「それは結構。では、お休みなさいませ」
ユーゴは悠然たる態度で再度頭を垂れた。