姫君、激怒する(3)
………………。
………………。
………………。
「ね、姉様。大丈夫ですか?」
「姫様……」
頭が真っ白になる。
それを初めて経験したと思う。
人は、考えることが多すぎると、リセットしてしまうのね。
なんてことを、徐々に思考が起動し始めた頭で思った。
「父様」
「なんだ?」
「私は来年、イセン国王と結婚する。さっき言ったのはそういう意味?」
「ああ。そうだ」
あっさりと肯定。
「……ない」
「なんだ?」
「そんなの聞いてないわよ!」
「だから、今言っただろ?」
「姉様、落ち着いて」
「こんな時に落ち着けるわけないでしょーが!! そんな大切なこと、何で私に相談もなしなの!?」
「姫様! 足、足がテーブルに。レディのたしなみが……」
あまりの動揺に、テーブルに足をかけながら身を乗り出して、私は父様にくってかかる。
『落ち着け』とか『レディのたしなみ』とか言っている奴らがいるけれど、かまってなんていられない。
これは、私の一生に関わる話なんだから。
「なんだ? 不服か??」
私の態度が、いかにも不満といわんばかりの顔をして父様は嘆息する。
「当たり前だわ! こんな横暴な話がある!?」
「イセン国といえば、大陸一の大国。加えて、王は若くまだ妻を娶っていない。早い話が第一妃だぞ? こんな片田舎の小国の姫君にしたらちょー玉の輿だろうが。感謝されるならともかく、非難される意味がわかんねー」
クラウスに腕をつかまれていなければ、私は当にテーブルの上を駆け上って、のんきに御託を並べている父様をひっぱたいていたところだ。
そんな私の気持ちを察して、即座に止めに入ったクラウスは、さすがだったと思う。
あとにして思えばだけど。
「大国とか第一妃とか全然嬉しくない! 私は、私が好きになった人と結婚したいの。勝手に決められた相手なんてお断りだわ!」
そう。父様と母様のように、恋をして結婚をしたい。
母様はもともと、この大陸に迷い込んできたランス大陸の民だ。
言語さえ違うこの大陸にやってきた母様は、父様と運命的に出会い恋に落ちた。
身分どころか出自もあやふやな母様と一国の王子である父様の恋は、たくさんの障害があった。
けれど、二人の思いは強く、やがて母様は父様と結ばれ、私とエドが生まれた。
幼い頃から、おとぎ話の代わりに聞いていた昔話。
結婚するなら、自分が好きになった人としたい。
そして、父様もそれを分かってくれるはずだ。
ずっとそう思っていたのに……。
「リルディアーナ……んなこと言ってたら行き遅れるぞ」
神妙な面持ちで一拍置いて、父様から放たれた小馬鹿にしたような言葉に、プツリと何かが切れた。
「それが父親の言葉かーっ!!」
「ひ、姫様落ち着いて!」
暴れだす私を、クラウスは必死に抑えている。
「父様、挑発してどうするんですか! だから、もっと時間をしっかり作ってと申し上げたのに」
非難がましい目で父様を見ているエド。
「もしかして、エドは知っていたの?」
私の問いに、気まずそうに視線を外すエド。
返事はなくても、それは肯定ということだ。
「も、もしかして、クラウスも……だったり?」
振り返ると、ワタワタとするクラウス。
「嘘でしょ?」
「二人だけじゃねーよ。城の奴はほとんど知っていることだ。アンヌももちろん。まあ、メイド連中は知らないか。あそこは隠し事が下手な奴らが多いから、伏せてあったからな」
母様まで知っていて黙っているなんて……。
なんだか人間不信になりそうだ。
「ま、そういうことだ。これは国での決定事項だ。お前が何と言おうと覆らないからな」
不遜にそう言い放つと父様は踵を返す。
「父様!」
まだ言いたいことも聞きたいことも山ほどあるのに。
「あとは任せた。クラウス」
振り返えらずに、後ろ手でひらひらと手を振って部屋を出て行ってしまった。
「姉様、ごめんなさい。その、お話は戻ってから!」
その後に続き、脱兎の如くかけていくエド。
「あの~、姫様?」
二人の姿が見えなくなって暫くして、クラウスは押さえていた私から離れ、恐る恐る話しかけてくる。
私はといえば、立ったまま固まっていた。
「大丈夫ですか?」
「……か」
「はい?」
「大丈夫なわけあるか! この裏切り者!!」
………………
というわけで、逃げた父様とエドに変わり、逃げそびれた(父様に生贄にされた)クラウスに、怒りをぶつけていた。
ということなのだ。