王、夜の庭園にて(3)
瞳を閉じ聞き入っている……わけではない。
(こいつ、寝てやがる!? 一度ならず二度までも……)
さきほどまでのあの言葉の数々は、リルディの耳には届いてなかったということか。
俺は暫し脱力し項垂れる。
「眠れないんじゃなかったのか?」
思わず漏れたその言葉にも反応はない。
本当にこいつは、俺に対して警戒心がないようだ。
(まるで子供だな)
月を見上げながら、そんなことを思っていると、急に俺の方へと倒れこんで来た。
「……」
ちょうどリルディの頭が俺の肩にあたり止まる。
ぴたりと密着したその様子は、猫が主に体を預けているかのような、無条件の信頼を感じる。
どういう環境で育てば、こうも危機管理が低くくなるのだろう?
もはやあきれを通り越して感心してしまう。
(もしや、俺はこいつに懐かれているのか?)
それは自惚れかもしれないが、少なくとも嫌われていないということは分かる。
(まったく変な女だ)
そしてその事実が嫌ではない自分もかなりおかしいとは思うのだが。
なぜか分からないが、リルディが側にいると妙に心が落ち着く。
先ほどまで、テオの夢での最悪な気分がなくなっている。
「……」
リルディを起こさぬように、ゆっくりと身を屈めて顔を覗き込む。
あどけない寝顔は幼さを残しつつ美しくもある。
白く滑らかな頬にそっと指で触れてみる。
そうしてから、閉じられた瞼をなぞり、赤い果実のような唇に触れてみるが、起きる気配はない。
(無防備すぎるだろうが)
月が人の気持ちを惑わせるというが、どうやらそれは本当らしい。
もう一人の自分に何かを急き立てられている気持ちになる。
再度唇をなぞり、その柔らかさを確かめる。
吸い寄せられるように、屈みこんだその時だった。
「なにをされているのですか?」
「!?」
唐突に放たれた、抑揚のないその声に我に返る。
目の前には心底呆れた顔のユーゴ。
あまりのことに、俺は屈めていた体制を慌てて直し、直立不動になる。
「はにゃ……」
俺に体を預けていたリルディは体制を崩し、妙な声を上げて覚醒する。
「おかしいですね。私は確か、一級品の客室をご用意したはずなのですが」
「ん? ユーゴさん?? 何で……!」
寝ぼけた声を出していたリルディも、ユーゴの冷え切った視線を浴びて、今度は完全に覚醒したらしい。
「ご、ごめんなさい! 眠れなくて散歩をしていてカイルに会って、何だかすごく心地よくて、それでいつの間にか寝ていてですね……」
「ほぅ? 一級品の客室では眠れないのに此処では眠れると。私の用意した部屋の何がご不満なのでしょうね」
声は優しいが、その目は相変わらず冷え冷えとしたもの。
「い、いえ! 不満なんて何も。ちゃんとお部屋で眠ります! それではおやすみなさい!」
言うが早いか、リルディは脱兎のごとく駆けて行った。
「……」
「……」
後には俺とユーゴと気まずい空気が残る。
「……どうしてこういう事態になるのか」
額を抑えて、独り心地で呟くユーゴ。
「ご、誤解するな。まだ何もしていない」
「……まだ?」
ユーゴはピクリと眉を動かす。
しまった。
動揺して墓穴を掘っている気がする。
「い、いや、そんなことより、なぜお前がここにいるんだ?」
「それは、こちらのセリフです。あのようなことがあった後だというのに、なぜ護衛を付けず、このような場所におられるのですか? しかもメイドと」
「あんなことがあった後だからこそ、屋敷内の警備は強固なのだろう? 信頼しているからな」
それは嘘ではない。
俺はユーゴに全幅の信頼を寄せている。
他人に厳しい男だが、それ以上に自分自身に厳しく、何事も完璧にこなす。
ユーゴが取り仕切っている以上、侵入者が入り込むなどという失態は二度と起きないはずだ。
逆に言えば、それでも入り込める優秀な侵入者ならば、護衛をつけたところであまり意味もない。
「あなたの護衛嫌いにも困ったものです。あのメイドを気に入っているのなら、いっそあの者を護衛に致しますか? 使い捨ての盾くらいにはなるでしょう」
ユーゴは真顔で辛らつな言葉を吐く。
「遠まわしな嫌味はやめろ。そもそも、リルディのメイドの件、俺は認めていない」
俺の言葉に、あからさまにため息を付くユーゴ。
「本人が承諾しているのです。問題はないでしょう。それに、その方があの者のためです」
「どういう意味だ?」
ユーゴの言わんとすることが分からず、俺は眉根を寄せた。