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そして姫君は恋を知る  作者: 未華
決意編~そして姫君はメイドになる~
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王、夜の庭園にて(2)


 月を背負い、リルディは俺の前に立っていた。

 黒髪が月明かりで仄かに輝く。

 青い大きな瞳が、無遠慮に俺を見つめている。

 こいつに見られると心がざわつく。

 不快なものではないが、妙に落ち着かない気分にさせられる。

 昼間のことがある所為で、なお更だ。


「お前、こんなところでなにをしているんだ?」


 リルディから視線を外し軽く息を吐き、いつもと変わらぬ口調であるように注意しながら、言葉を吐き出す。


「なんだか眠れなくて。ちょっと散歩していたの。そういうカイルは?」

「俺もだ。眠る気がしなくて気分転換にな」


 俺の答えに、「そっか」と小さく頷く。


「少しだけ、一緒にいてもいい?」


 夜が濃い所為だろうか? 

 その姿は心細気に見え、瞳が不安げに揺れているように感じる。


「別にかまわないが」

「ありがとう」


 嬉しそうに微笑み、俺の隣りへ腰を下ろす。


「ここ、綺麗な場所だね」

「そうだな。昔とは見違えるようだ」

「昔?」

「あぁ。ココは、俺の魔術練習場だったんだ。その頃は、ただの朽ち果てた荒地だったのだがな。屋敷の修繕を行った時に、この場所も整備したらしいな」


 幼い頃、必死に訓練していたことを思い出す。

 あの時とは何もかもが様変わりしている。

 それでも此処から見上げる月だけは変わらない。


「カイルはココで魔術を習っていたのね」

「いや。習っていたわけじゃないさ。誰に教わったわけじゃない。俺の魔術は自己流だ」


 その答えに、驚いたようにリルディは目を瞬く。

 無理もない。

 魔術を使うにはそれ相応の技術が必要となる。

 本来ならば、熟練の魔術師に教えを請うのが普通だ。


「自己流なんだ。アランがすごい魔術師だって驚いていたけど」

「アラン?」

「私に空飛ぶ魔術をかけてくれた人。赤毛の男の人がいたでしょ?」


 その答えに、砂漠で俺に応戦していた男を思い出す。

 あれは魔術師の中でもかなりの使い手だ。

 レベルが高いだけでなく、普段から戦闘系の魔術を使い慣れているのが分かった。


「あいつは、お前の何なんだ?」


 だからこそ、“戦い”などというものとは一番遠そうなリルディとの関係性が分からない。


「アランはクラウスの友人なの。昔からよく遊びに来てくれて、私にとっては頼れるお兄ちゃんって感じかしら?」

「で? そのクラウスというのは、お前とはどういう関係なんだ?」


 確かユーゴの話では、クラウスとやらはリルディを“知人”と言っていたらしいが、あの時、体を張ってリルディを守るその姿は、知人というよりは、もっと近しい何かを見て取れた。


「クラウスは私の大切な……」


 言いかけて、リルディは慌てて口を噤む。


「?」


 困ったように視線を泳がせ、俺と視線がかち合うと慌てて口を開く。


「クラウスは、ずっと一緒にいて、一番私を分かってくれている人で……だから、その、私の大切な人なの」

「そう……か」


 なぜだか、胸の辺りに嫌な感じが広がる。

 砂漠でリルディが俺に寄り添い、寝言で呟いたその名前を聞いた時も、確かこんな気分になった。

 なぜかリルディからその名を聞くと、不快な気持ちになる。


「そいつのことが心配なのだな?」


 どこか不安げなリルディの姿。

 当たり前だろう。

 大切と言い切るその相手が行方不明なのだから。


「うん。心配はしているよ。けど、クラウスは必ず迎えに来るって信じているから」


 そう言って空を仰ぎ見るその瞳はもう揺らいではいなかった。


「そいつはお前の……」


 “恋人なのか?”と言いかけたが、言葉は途中で消える。

 聞いて何の意味があるのか。

 大体、そんなことは俺とは何の関係もない。


「カイル?」

「いや。なんでもない。それより、お前はイセン国に会いたい者がいるんじゃなかったのか? こんなところでメイドなどしていていいのか?」


 確か、砂漠では会いたい相手がいると言っていたはずだ。


「うん。そうなんだけど。まずはクラウスたちと合流するのが先かなって思って。それから、会うかどうか考えることにする。それまでは、ココでメイドとしてがんばるから!」

「いや。がんばられてもな」


 色々と面倒なことが起こる気がして、かなり気分が滅入る。


「私じゃ力不足なの?」


 俺の言葉を聞き、途端に落ち込んだようにうな垂れる。


「そういうことではない。お前がそんなことをする必要はないと言っているんだ。そもそも、お前が此処にいるのは俺の所為だろ」


 空に浮かぶ月を仰ぐ。

 煌々と輝く月明かりは、昼間の太陽よりずっと優しい光だ。

 その光に勇気づけられるように、言葉がいつもよりすんなりと口をつく。


「あの時はすまなかった。……それに、その後一緒にいてくれたことにも感謝している。だからつまり、お前が働く必要はないし、俺はお前を保護する義務があるわけでだな……」

「……」

「その、半ば強引にココに連れて来たのも俺なのだから……リルディ?」


 ふと何の反応もないリルディに疑問を持ち、横にチラリと視線を向ける。


「……おい」


 そこには、瞼を閉じたリルディの顔があったのだった。


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