王、夜の庭園にて(1)
カイル視点。
眠れないその夜に。
『魔術持ちで何がいけないんだ。カイルはカイルだ。もっと自信を持て』
多分、それはまだ十にも満たない時分に言われた言葉だ。
初めて、”魔力”を持つ自分を受け入れてくれたのがテオだった。
素直に嬉しかったのだ。
だからなのか、時々夢に見てしまう。
今更、思い出したくもないというのに。
そして、今夜も浅い眠りの中で、昔の夢を見て目を覚ました。
まだ外は暗く夜明けも遠い時分。
「最悪だ」
昔の夢を見て目を覚ますと、気分は恐ろしく悪くなる。
あれから、現状は目まぐるしく変わり、すべてがひっくり返ったと言っても大げさではないくらいに激変した。
あの頃の自分では、想像も出来ぬほどに。
けれどそれは、なに一つ自分で望んだものではない。
望むべきもないと思っていたもの。
嬉しさなど微塵もなかった。
それは自分を縛る足かせにしかならない。
此処にいるのは、ただ逃げ出したに過ぎない。
いつか……そう遠くない日に自分は戻らねばならない。
“王”という、責務と孤独だけのその地位に。
(だから、少しくらい自由にさせろ)
部屋の外に感じる気配にうんざりする。
ユーゴがつけた護衛。
それは、同時に監視されているかのようで気分が悪い。
俺はゆっくりと起き上がり、緩慢な動きで手を振り下ろす。
そうすると、空に光の粒子が広がる。
外に声が漏れぬよう、口の中で呪いの言葉を転がし、光の粒を体に集め弾かせる。
光が一瞬その場を包み、次の瞬間には静かな中庭へとたどり着く。
緑に囲まれたそこは、人工的に緑が植え込まれ、中央に大きな噴水がある。
そこを取り囲む柱の一つに背を預けるように座り込み息を吐き出す。
ユーゴにバレるとうるさいが知ったことではない。
此処にいる間くらい“自由”でいたいのだ。
それが例え、仮初のものだとしても。
(あいつはもう寝ているんだろうな)
ふと、リルディのことを思う。
「……」
そして、うっかり昼間のメイド姿を思い出してしまった。
(あれは反則だろう)
メイド服はただの仕事着だ。
メイドなど目の前に山といる。
見慣れている。そのはずなのだが、リルディのその姿は予想以上に強烈だった。
ガラベイヤ姿しか見ていなかった所為で、“女”という意識が薄くなっていたのだ。
それが、あのような格好をすると、華奢な体つきや肌理細やかな白い肌が露になり、妙に“女”だったのだと、意識させられる。
特に黒地のあの服では、リルディの肌の白さは際立ち、独特の美しさがあり、妙に落ち着かない気分にさせられた。
「い、いや、あれは見慣れていなかった所為だ。ああ。そうに違いない」
断じて、見惚れてなどいない。
誰にしているのか分からない言い訳がつい口をつく。
(なんであいつがメイドなんだ)
明日から、あの姿でウロウロされるなどたまったものではない。
大体、あいつはエルンストのことといい、誰にでも懐きすぎるのだ。
客人としてこの屋敷にいるならともかく、メイドになどなったら、馬鹿な男が寄ってくるに違いない。
なんとしても辞めさせなければ……。
そこまで考えて、ハタッと我に返る。
なにを熱くなっているのか。
「俺らしくもない」
他人を気にかけるなど、久しくなかったというのに。
そもそもなぜ、引きとめここまで連れてきてしまったのか。
イセン国に着いた時点で、別れた方がお互いのためであったはずだ。
自分で自分が分からない。
リルディに会ってから調子が狂いっぱなしだ。
「まるで壊れた方位磁石だな」
そんなことを思い苦笑する。
方向を見誤れば命取りとなる。
直接命を狙う暗殺者など生易しいものだ。
本当に恐ろしいのは、糸を張り巡らせ陥れようと虎視眈々と狙う者たちだ。
いつからか、人を疑うことが当たり前になっていた。
だからこそ、リルディの存在に戸惑うのだ。
こちらの毒気が抜かれてしまうくらいに警戒心がない。
屈託がないその姿はまるで、純真無垢な子供のそれだ。
「ダ、ダメだ。やっぱり放っておけぬな」
あいつは子供と同じなのだ。
穢れをしらない。
裏切りをしらない。
守りたいと思うのはただのエゴだと分かっている。
それでも、側で見守りたいのだ。
此処にいるほんのひと時だけでも。
「! リルディ?」
ふと、視界にいるはずのないその姿があった。
ひどく驚いた顔しているが、こっちはもっと驚いた。
「こんばんは」
バツが悪そうにリルディは挨拶を口にする。
「お前は……。まったく、少しは大人しくしていられないのか」
あきれてそう言いながらも、思わず緩みかけた口を引き締める。
その存在に安堵する俺の気持ちを隠すために。