姫君、メイド見習いになる(6)
ユーゴさんが用意してくれた部屋は、一人には十分すぎるくらいに広く豪華なものだった。
きちんと綺麗に折りたたまれて、部屋着用の新品のガラベイヤも置かれていた。
さすがにメイド服のままというのも落ち着かなかったので、ありがたくそのガラベイヤを着させてもらう。
夕食も客人扱いのようで、部屋に食べきれない量のご馳走が届いた。
夜も更け、私は大きなフカフカのベッドへと横になる。
ずっと宿の堅いベッドや、野宿で座り込んで寝るなんてことをしていて、こんなに柔らかい寝床は久しぶりだ。
(これなら、すぐに眠ってしまいそうだわ)
………………
……そう思ったのに、眠りは一向に訪れない。
床についてどれくらい経っただろうか?
眠くなるどころか、目は冴えていく一方だった。
「クラウスとアラン、大丈夫かな?」
心を占めるのは、クラウスとアランのこと。
今頃になって、不安な気持ちが押し寄せて、どうしようもなく落ち着かない。
(独りになって心細いなんて子供みたい)
クラウスたちがいなくなってからは、ずっと側にカイルがいた。
何かを言ってくれるわけではないけれど、カイルの存在になぜか安心していた。
バタバタと色々なことが起きて、明日からはメイド見習いになる。
(クラウスが知ったら、卒倒するわね)
その様子が想像できて、笑いがこみ上げてくる。
いつも側にいてくれたクラウス。
城にいる時は、何かあれば一番に駆けつけてくれた。
「ホント、子供みたい」
けれど、今は呼んでもすぐには来てくれない。
それがこんなにも、心細く不安なことだなんて初めて知った。
「母様とイザベラは、心配しているかしら? 父様もエドにもバレちゃったかなぁ」
そろそろ、二人も城に戻る頃だろう。
もしかしたら、大騒ぎになっているかもしれない。
「早くしないと、連れ戻されちゃうかもしれないんだから」
クラウスは優秀な騎士だ。
魔術師のアランもいる。
何も心配することはない。
そう思いながらも、やはり不安になってしまう。
自分のわがままに巻き込んでしまったために、クラウスたちに、もしものことがあったらと……。
「だから早く見つけてよ」
泣いても落ち込んでも、事態はきっと変わらない。
だから、自分が出来ることをやるのだ。
ここでくじけて、自国に助けを求めたら、それこそ何のためにきたのか分からない。
今は、クラウスたちをココで待つ。
そう決めたのだ。
「う~。やっぱり眠れない!」
このまま暗闇のこの広い部屋でジッとしていても、心まで暗闇に飲まれてしまいそうだ。
私はベッドから抜け出すとテラスへと出る。
屋敷は広く庭も広大だ。
月明かりがあり、外はことのほか明るい。
小さな頃に、家出をしたことを思い出す。
よく、部屋の窓からこっそりと抜け出して、城の外に出たものだ。
もっともエルン国は小さな国。
しかも幼い私が行く場所など、もっと限られている。
小一時間程度で、クラウスに捕獲されるのが常だった。
クラウスは、必ず私のことを見つけ出してくれた。
あの頃は、毎回二度と戻るものかと思って出て行くのだけれど、きっと心のどこかで、迎えに来てくれることを知っていたのだと思う。
そして、それが当たり前だと思っていた。
こうして独りになると、自分がどれだけ周りに恵まれているのかと身に染みる。
(なんだか、ますます眠れないかも)
私はテラスから庭へ降りると、どこかへと続く小道を歩く。
綺麗に舗装された石段を暫く進むと、微かな水音が耳に届き、ほどなくして、開けた空間へとたどり着いた。
そこは一面緑が敷き詰められ、青く色づく木々が周りを囲み、中央には大きな噴水があった。
何本かの柱が噴水を取り囲み、その柱には蔦が伝い、赤い優美な花が咲き誇っている。
月明かりの中、そこはまるで神話に出てくる楽園のような場所だ。
「あ……」
そこに踏み入れた途端、人影に気が付く。
噴水を囲む柱の一つに体を預け、座り込んでいるのはカイルだった。
昼間とは違い、白地のゆったりとしたガラベイヤを身に纏い、どこかぼんやりとした、無防備な顔をしている。
初めて会った時の、手負いの獣のような鋭さは嘘のように消えうせ、むしろ一人身を置くその姿は、まるで迷子の子供のように頼りない。
(どうして、あんなに寂びそうなんだろう?)
胸がチリリと痛んで、思わず胸元に手を置く。
「リルディ?」
私の存在に気が付いたカイルは、驚いたように私を凝視する。
まるで幽霊でもみるような顔をされてしまった。
「こんばんは」
「お前は……。少しは大人しくしていられないのか」
私が挨拶を口にすると、カイルはいつもの少し不機嫌そうな顔で、呆れたように言い放った。