姫君、メイド見習いになる(4)
「無謀にもほどがあるな」
「何度も言うけど、やってみなければわからないでしょう?」
「やらなくても分かる。お前には無理だ」
「どうしてそんなことが言えるのよ」
ユーゴさんが部屋を退室してすぐ、カイルは私へと呆れたように言葉を投げかけ、それについ、けんか腰に答えてしまう。
「お二人とも落ち着いてください」
それを止めたのはエルンストさん。
「エルンストさんも、私がメイドをすることは反対なんですよね? どうしてですか?」
そんなにも、私は使えなそうに見えるのだろうか?
「そんな顔をしないで下さい」
落ち込んだ気持ちが顔に出てしまったのだろう。
エルンストさんは困ったように苦笑する。
「気を悪くなさらないでいただきたい。あなたがどうというわけではないのです。問題は、職場の熾烈さといいますか、強烈さといいますか……」
「どういうことですか?」
歯切れの悪いエルンストさんの言葉に、私は意味が分からず首を傾げる。
「明日になれば分かる。自分の甘さ加減がな」
ムスッとした顔で、カイルは眉間のシワを濃くする。
だから一体何だというんだろう。
確かにメイドは楽な仕事ではないと思う。
イザベラが持っている”メイド心得”の分厚さからも良く分かる。
けれど、二人の口調はそれだけではない何かがある気がする。
「やめるのなら今のうちだ。この屋敷で働かなくとも、ここには置いてやる。いいから、大人しくしていろ」
「やめないわ。カイルってば、どうしてそんなに反対するの?」
「カイル様はあなたを気に入っているのですよ。気にかけているからこそ、つらい思いをさせたくないのです」
私の問いに、カイルではなくエルンストさんがそう答える。
(カイルが私を気に入っている?)
どこにそういう要素があっただろう?
まったく分からず、私はとりあえずカイルを見る。
「誤解を生む言い方をするな。誰が誰を気に入るだ。そもそも、お前はもうここにいる必要はないだろう。仕事に戻れ」
早口でカイルはそう言いながら、私の視線を逃れるように、エルンストさんを軽く睨む。
「照れなくてもいいと思いますが」
「それ以上口を開くな。貴様の戯言に付き合っているほど暇ではない。サッサと出て行け」
「はっ。これは気が付かず、申し訳ございません。自分はお邪魔でありますね」
「貴様は、人の話を聞けっ」
ピリピリしているカイルにも、まったく動じず爽やか笑顔のエルンストさん。
なんだか、漫才を見ているようだわ。
「エルンストさんって、カイルとどういう間柄なのですか?」
エルンストさんのカイルへの接し方は、目上の者へのものだ。
けれど、どこか親しげな雰囲気も感じる。
「幼少の頃からの知り合いなのですよ。いわば幼馴染というやつです。もっとも、貴族であるカイル様と平民生まれの自分では、その身分は雲泥の差がありますが」
私の問いに、エルンストさんは丁寧に答える。
「それにしては、大分態度がでかいがな」
カイルが仏頂面で口を挟む。
「そうでしょうか? かなり敬意を払っているのでありますが」
「ええっと、でもエルンストさんは軍人さんですよね? 将軍と言われていたし、かなり偉い方じゃないのですか?」
軍人には、生まれや育ちは関係がないと聞く。
武功を立てて、高い地位へと上り詰めていくのだ。
ある程度に地位を得れば、それこそ貴族とでも対等な立場にもなれる。
「いいえ。カイル様に比べれば、自分は足元にも及びません。……だというのに、その自覚がいささか薄く困ったものです」
エルンストさんは深くため息を付く。
「カイルが何か?」
「護衛をつけるのを嫌がるのです。もういっそ、自分が護衛につきましょうか?」
「御免だな。お前のようなお節介な奴と始終共にいるなど。そもそも、自分の身は自分で守る。誰かの世話になる気はない」
エルンストさんの言葉に、カイルはキッパリと言い放つ。
「ですが、最低限の護衛は必要です。今回のことも、護衛を勝手に下がらせたのが原因なのですから」
「それってもしかして、カイルがあんな格好で砂漠にいたのって……」
私の問いに、エルンストは頷き口を開く。
「一人でいる時に襲われ魔術で飛ばそうとして、巻き添えを食らって自分も砂漠に飛んでしまった……ということのようです」
だから平常着で荷物の一つも持っていない状態だったんだ。
それで、応戦をしている間に魔術も使い果たして、あんな瀕死の状態だったのね。
「でも、”襲われた”ってどうして?」
ついその流れで疑問が口をついた。
私の問いに、二人の動きが止まった。