姫君、メイド見習いになる(3)
「ですが、彼女が今の状況になられたのは、カイル様が原因。であれば、手厚く保護するべきなのでは?」
「甘い」
見かねたエルンストさんが言葉を挟んでくれたけれど、ユーゴさんがそれを一蹴する。
「確かに、一因はカイル様かもしれません。ですが砂漠で魔術を使って、空を飛ぶなど敵と判断されても仕方がないこと。起因は本人によるものでしょう」
その言葉に反論の余地はない。
砂漠とは危険が伴う無法地帯。
自分を守るのは自分に他ならない。
だから、砂漠に出る場合には、護衛をつけ極力目立つ行動をしないことが鉄則となる。
カイルが追い詰められていたあの状況下で、私たちの存在を”敵”とみなして攻撃したのも当然のこと。
攻撃は最大の防御になる。
空の上と安心しきって、注意を怠っていた私が甘かったのだ。
「だからといって、俺にまったく非がなかったわけではない」
うな垂れる私の代わりに口を開いたのは、意外にもカイルだった。
「それにだ。俺の許可もリルディの意思も無視してこの行為は、いささか軽率だと思うがな。大体、こいつにメイドなんて務まると思えない」
ウンウンと聞いていたけれど、最後の一言は余計な気がする。
「先ほども申し上げたとおり、人手不足なのです。ここ何日かで立て続けに辞めていく者が出てしまったので」
「辞めさせた……の間違いではないのか?」
カイルの呟きに、心外とばかりに反論するユーゴさん。
「人聞きが悪い。皆、自ら辞職を申し出てきたのですよ? 私はそう仕向けただけです。無能な者は邪魔なだけなので」
(それは辞めさせたというんじゃないのかしら?)
思わず心の中で突っ込んでみたけれど、恐そうなので言葉には出さずに置く。
「そういうわけで、期待はしておりませんが一応使ってみようかと思っているのです」
カイルを上回る失礼な言い回しだ。
思わず口元がヒキツリ、意味もなく拳に力が入る。
「お待ちください。お二人とも、その言い方はあんまりです」
「エルンストさん」
二人の言いようにムカムカしたけれど、エルンストさんのその言葉に救われる。
「本音をそのまま口にするのは、リルディさんに失礼です。もう少し、言い様があるのではないですか!?」
と、後に続いた言葉に脱力してしまう。
そう言っているということは、エルンストさんも同じ気持ちなわけで……。
(ココまで言われて黙っていられるわけがないっ)
グッと、その場の面々を見回し、私はゆっくりと口を開く。
「私、メイドやります」
「いや無理だろ」
間髪を入れず、カイルは即座に言い放つ。
「やってみなければ、分からないでしょう?」
「自分も辞めておいた方がいいと思います。リルディさんには荷が重いのではないかと」
反論する私に畳み掛けるように、エルンストさんまでもそんなことを言う。
「確かに、私はメイドの経験はないわよ。だけど、やる前から出来ないと言われるのは心外だわ。こう見えても、根性はけっこうあるのよ」
「良い心がけです。では、明日よりメイド見習いとして働いていただきます。よろしいですね?」
「はい! よろしくお願いします」
こうなったら、絶対見返してやるわよ!
小さな頃からイザベラを始め、メイドは近くにたくさんいて、その仕事ぶりもよくみていたんだもの。
「結構。では、そのように手配をしておきます。本日は客室を用意させてあります。ゆっくりと休んでください。明日より働いていただきますので」
(明日からなんだ。よかった)
ユーゴさんの言葉に胸を撫で下ろす。
こんな格好をさせられたから、てっきり今すぐ働けといわれるのかと思った。
(ユーゴさんって、ただ愛想がないだけでいい人なのかも)
などと思いなおして、気持ちも明るくなっていく。
(イセン国王に会うことはひとまず置いといて、クラウスとアランと合流するまでがんばろう! ココで働いていれば、イセン国王の人となりもそれとなく、聞けるかもしれないし)
なんだか段々とやる気が出てきた。
うん。カイルとエルンストさんにも認めてもらえる立派なメイドになってみせるわ!
未だ複雑な表情の二人を前に、私はそう決心を固めた。
……のちに、“世の中、そんなに甘いものじゃない”という言葉を身にしみることになるのだけれど。
もちろん今はまだ、そんなことを知る由もなかったのだった。