姫君、メイド見習いになる(1)
リルディアーナ視点。
それを前に、考えあぐねいて出した結論は……。
(う~ん……)
目の前にあるその衣装をみながら、私は考えあぐねいていた。
やっぱりこれを着るべきなのだろうか?
湯浴み前に着ていたガラベイヤは忽然と姿を消し、替わりに目の前には真新しい綺麗にたたまれたソレが置かれていた。
確かにあのガラベイヤは埃まみれ砂まみれで、かなり汚れていた。
綺麗な服があるのは嬉しい。
嬉しいのだけれど……。
「なぜ、メイド服?」
そう。そこにあった衣装は、どこからどう見てもメイド服。
しかも、このお屋敷にいたメイドさんのもの。
黒のワンピースにフリルのついた白いエプロン。
ご丁寧にも白いカチューシャと胸元を飾る白いタップリとしたリボンまである。
何度見てもメイド服。
(やっぱりこれを着ろってことだよね?)
誰かに聞きたいけれど、つれて来てくれたメイドさんは下がってしまったし、ここには私しかいない。
いくらなんでも、布一枚巻きつけた姿で、外に出るわけにもいかないし。
実際問題、着るものがこれしか見当たらないのだから、これを着るしかないのだけど。
「とりあえず、着てみるしかないよね?」
誰に言うでもなくそう呟くと袖を通してみる。
着てみると、意外に体にしっかりとフィットして着心地がいい。
体の線がくっきりと出て、普段ゆったりとした服ばかり着ているから、ちょっと変な感じではあるんだけど。
不思議なことに、私用にあつらえたかのようにサイズぴったり。
(う~。でも、やっぱりここら辺がさびしいような)
姿見に映った自分の姿……特に胸の辺りを見てガックリとなる。
こういう服は、バッチリ自分のコンプレックスが見えてしまう。
『大人になれば、誰でも大きくなるものですのよ?』
女性らしい綺麗な胸元を持つイザベラは、そう言って慰めてくれていたけれど、十六歳でこの胸の小ささは問題があるんじゃないかと思う。
確かイザベラが十六の頃は、すでにあのサイズだったと記憶している。
知り合いの女の子は皆、ことごとく大きいし。
母様もそれなりにあるのに、どうして私はこんなに小さいんだろう?
(って! 今は、そんなことで落ち込んでいる場合じゃなかったわ!)
その場でいじけモードに入っていた私は我に返る。
気を取り直して、せっかくなので、カチューシャとリボンもセットする。
「ふふ。メイドさんだわ」
見ることはたくさんあるけれど、その服を着るのは初めてで、胸元はともかく、その衣装は可愛らしく、何だか楽しくもある。
(でも、ホントになんでメイド服?)
多分、あのユーゴという名の執事が用意したものなのだろう。
ココに来る前に呼び止められ、唐突に言われた言葉を思い出す。
………………
『あなたはクラウス・バーナーの連れの方ですか?』
いきなり出てきたクラウスの名に、咄嗟に言葉が出てこなかった。
どうしてクラウスの名を知っているのか?
そして、どうして私が連れだと知っているのか?
それはつまりイコール、私がエルン国の姫だと知っているということなのか。
色々なことが頭の中を駆け巡り、正直に頷くべきか、それとも誤魔化すべきなのか、どうしていいか分からず、間誤付いてしまった。
『どちらにしろ、悪いようにはいたしません。正直にお答えください』
丁寧な言葉と優しい声音なのだけれど、その瞳は威圧的で冷たく、一瞬ゾクリと寒気が体を突き抜ける。
『さあ、お答えをどうぞ。あなたは、クラウス・バーナーの連れですね?』
有無を言わさぬその視線に押されて、私は思わず頷いてしまった。
『やはりそうでしたか。結構。では、後ほど』
軽く一礼し、私を案内してくれているメイドさんに何か言葉をかけると、その場を後にしたのだった。
………………
(クラウスのことと、このメイド服にどういう関連が……)
いくら考えてもまったく分からない。
そもそも、カイルはこの件を知っているのだろうか?
見た感じでは、あの人はここの執事でカイルは主ということのはずだ。
(ということはカイルの命令とか?)
でもカイルは、クラウスのことは知らない感じだったし……。
「あーもう! よしっ。直接本人に聞こう。それしかないわよ!」
悶々としばらく考えていたけれど、こうなればなるようにしかならない。
ここまできたら腹を括るしかない。
「当たって砕けろだわっ」
グダグダ考えるのは性に合わない。
私はメイド服を装備して、湯殿を後にしたのだった。