将軍、執事と会う(3)
「カイル様それは……いえ、何でもございません」
妙に長い沈黙の意味は?
体力があればどうだったのか?
そもそも、カイル様は彼女をどう思っているのか?
訊ねたいことが渦巻いていたが、ユーゴ殿の冷え切った視線を感じ取り、口を噤んでおく。
「ふむ。それなら結構。では次に、あの少女の件はひとまず置いて、なぜ砂漠に出られていたのか、お聞きしたい」
その言葉に、その場の空気が緊迫したものに変わる。
「自室にいて襲われた」
「なっ。この屋敷ででありますか? まさかそんなはずは……」
「ない。とはいえないでしょう。情報が漏洩していれば」
自分の言葉に、ユーゴ殿の落ち着き払った言葉が重なる。
この男は、いかなる時も感情を乱さない。
主の命が危険にさらされたという事実にすら、他人事のようだ。
「雇われた暗殺者だろう。面倒なので、魔術で飛ばそうとしたのだが、巻き添えを食わされた」
淡々と恐ろしいことを口にする。
それは一歩間違えば、命を落しかねない事態。
「なるほど。室内は乱れていましたが、血の跡も屋外へ出た形跡もなかったのはそのためですか。半分は自業自得ですね」
「ユーゴ殿! 屋敷内のことは、貴殿が監督すべきことのはず。我が部隊の警備も拒んだのはあなただ。この事態、貴殿の責任でもあるのでは?」
ユーゴ殿の発言に我慢がならず思わず声を荒げる。
「メディシス将軍。あなたは馬鹿ですか?」
「なっ」
「第一隊は王直属の精鋭部隊。それを動かすということはどういうことを意味するのか、分からないとでも? 何のために、この屋敷に身を置いているのかお忘れか」
小ばかにしたように、肩を竦めるその姿に頭に血が上る。
「だからこそ、屋敷内のことは貴殿にお任せしたっ。それが、今回の事態を招いたのでしょう! 自業自得とは聞き捨てなりません!! それが、主への言葉かっ」
自分の怒声にも、ユーゴ殿からは動揺の欠片も見当たらない。
その様子がますます苛立ちを募らせ、立ち上がりユーゴ殿の襟首を掴む。
すると、その場にそぐわない艶やかな笑みを浮かべる。
「主だからこそ、申し上げている。私の配置した警備を勝手に下がらせ、禁じたはずの魔術を使い、挙句、得体の知れぬ者を連れ帰る。さすがの私もブチギレ寸前ですが何か?」
人は言う。
氷の冷相の笑顔ほど恐ろしいものはないと。
ゾワッと体に悪寒が突き抜ける。
当事者のカイル様は静観を貫き、あらぬ方を向いている。
「……失礼した」
ユーゴ殿の静かな激怒に蹴落とされ、手を放し席へと戻ると、カイル様がおもむろに口を開く。
「今回のことは俺に非がある。だがリルディは、俺の所為で連れとはぐれた。まだ俺の正体も知らない。暫くこの屋敷で面倒をみてほしい」
カイル様の言葉に、ユーゴ殿は軽く息を付く。
「あの者をどこで拾ったのですか?」
「砂漠だ。あいつとあと二人、敵と間違えて攻撃し、二人は魔術で別区域に飛ばした」
カイル様の言葉にユーゴ殿は頭痛を抑えるように、こめかみを押さえ込む。
「では、カイル様が魔術を扱うということを?」
「あぁ。知っている。あいつも魔術師と一緒だったし、それほど驚かれはしなかったがな」
深く重くユーゴ殿は息を吐き出す。
その場がピリピリとした空気に包まれる。
「……随分とあの者に肩入れされているようですね。珍しいこともあるものです」
皮肉を込めた言葉に、カイル様は眉根を寄せる。
「勘違いするな。リルディは倒れた俺を助けた。ココまでたどり着いたのも、あいつが地図と磁石を持っていたおかげだ。借りは返さねば気分が悪い。ただそれだけのこと」
「あの者が、あなたの命を狙う者ではないと言い切れるのですか?」
「砂漠で二人きりで、いくらでも俺を殺す機会はあったが、あいつは何もしてはこなかった。それに、とても暗殺者には見えないしな」
カイル様の答えに、ユーゴ殿は自分へと視線を向ける。
「将軍はどう見ますか?」
「彼女に危険はないかと思います。自分の主観的意見ですが、信頼出来る人物かと」
共にした時間は少ないが、なぜか彼女は大丈夫だという自信がある。
「なるほど。将軍は、人を見る目“だけ”は正確ですからね。あなたがそういうのであれば、私にも異存はありません」
褒められているのか馬鹿にされているのか分からない言葉に、思わず口元が引きつるが、つとめて愛想よく言葉を返す。
「それでは、彼女をこの屋敷に置いていただけるのですね?」
「ええ。いいでしょう。ただし、あの者は私が預からせていただきます。もちろん、危険と判断すれば、即刻始末致しますが」
物騒なことを言ってはいるが、リルディさんを受け入れることを承諾したということらしい。
とりあえずは一安心か。
「エルンスト。お前は、リルディの連れの捜索を頼む。何か分かれば、すぐに報告しろ」
「はっ。承りました」
確か二人の男だったか。
どういう人物か、リルディさんに教えていただかなければ。
「それからもう一つ。あの者には、本当の名と身分は明かさないでいただきたい」
淡々と放たれたその言葉が静かなその場に響く。
「カイルワーン・イセン王。どうか、くれぐれも御身を軽んじることなきよう」
ユーゴは手を胸に当て恭しく頭を垂れる。
「分かっている」
カイルワーン・イセン王。
今はカイル・アウグストと名乗る漆黒の瞳と髪を持つ優美な我が主は、重々しく頷く。
「あいつを面倒ごとに巻き込むつもりはない」
静かに放たれた言葉は、どこか自分自身に言い聞かせているかのように聞こえた。