姫君、激怒する(2)
エルン国。
小さな領土ながら、砂漠が広がるトリア大陸の中で、雄大な自然に囲まれたその国は、ゆったりとした時間の流れる農業国だ。
そのエルン国の第一王女が私、リルディアーナ。
つい最近16歳になったばかりだ。
砂漠が大半を占めるこの大陸は、浅黒い肌の民が多く髪も黒や茶が圧倒的に多い。
その中で、私は乳白色に近い肌に金の髪と、とても珍しい取り合わせをしている。
その理由は、母様がもう一つの大陸、ランス大陸の民だということが関係している。
トリア大陸とランス大陸。
二つの大陸は一つの大門、ファーレンの門によって隔たれている。
トリア大陸は太陽の神の国。
ランス大陸は月の女神の国。
二つは別の世界として存在し、お互いを侵さない制約が交わされている。
それは神々の時代からの決まり事であり、その門は強固な呪いにより堅く守られている。
けれど一時、ファーレンの門の呪いが弱まる時があるのだという。
その時、稀に互いの大陸の民が飛ばされてくることがあるのだ。
そして、母様もその一人だった。
私は、母様から白い肌と金色の髪を受継いだのだ。
もっとも髪質は、父様に似ていて真っ直ぐで絹の糸のように細い。
希少なこの金の髪の色からか、私は『太陽の姫君』なんて呼ばれたりもする。
「リンゲン国へ行くから、暫く留守にするぞ」
午後の勉強も終わり、ゆっくりティータイムをしていた私の元に訪れた父様は、唐突にそう告げた。
隣国であるリンゲン国はエルン国と親交が深い。
父様とリンゲン国王は王位を継ぐ前からの付き合いで、それぞれ王位を継いだ後も、頻繁に行き来をしているから、今回のことは別におかしなことじゃない。
ただ、出立直前にわざわざ私に言いに来た。
というのがどうも引っかかった。
そもそも、父様はいつも出かける際に、私にいちいち断りなどいれない。
いつの間にかいなくなっていて、いつの間にか帰ってきている。
一国の王とは思えない身軽さで、唐突に出かけてしまったりするのだ。
「僕たちがいない間、あまり羽目を外しすぎないでくださいね」
どういうことかと訝しんでいると、後から入ってきたエドが、からかう様な口調でそう言い放つ。
「エドも行くの?」
エド……エドゥアルトは、私の1つ下の弟だ。
父親譲りの褐色の肌と、黒檀のように黒い髪。
髪質は母親譲りで、ゆるくクセがついていて、首筋が隠れない程度の長さ。
昔は髪を伸ばしていて、知らない人からは女の子と間違われるほど、可愛らしかった。
まぁ、それも今は見る影もなく、ガンガン背が伸びて、骨格も太く逞しくなっいる。
容姿も中身も、15歳とは思えないくらい大人びていて、私ですら『姉様』と呼ばれなければ、エドが弟だってことを忘れてしまいそうになるくらいだもの。
性格的には、不本意だけど私は父様寄りで、エドは母様譲りなのだ。
見た目は、まったく逆を譲りうけたのに。おかしなものだ
「はい。あとのことは、クラウスに頼んでおいたので、何かあったら相談してください。クラウス、頼んだよ」
「はっ。お任せください」
部屋の外で待機していたクラウスが、律儀に一礼したのが見えた。
私の護衛と兼任して、騎士団長を勤めるクラウスは、父様とエドの信頼も厚い。
「エドがリンゲン国に行くなんて久しぶりよね。急にどうしたの?」
「もちろん、遊学から戻ってきたアルテュールに会うためですよ」
予想していなかったその言葉に、思わず飲みかけの紅茶を吹き出しそうになった。
「アルが戻ってきたの!? いつ? どうして教えてくれなかったのよ」
「父様、話していなかったのですか? 」
頬を膨らませる私の様子に、エドは驚いたように、エメラルドグリーンの瞳を見開く。
「どういうこと?」
「えっと。数日前にアルテュールから、僕と姉様宛に招待状が届いていたのですが。聞いていないのですか?」
「え? 私、聞いてない。聞いてないよ」
思わず、『聞いてない』を繰り返してしまった。
アルテュールはリンゲン国の第二王子。
私とエドの幼馴染で一番の仲良しだ。
最後にあったのは、遊学に出る前だから二年前になる。
「父様、どういことなの?」
「だから、お前の代理で俺が行ってやるんだ。心配するな」
爽やかな笑みとともに父様はそう切り返す。
なにが”だから”なんだろう?
私、行かないなんて言ってない。
そもそも、そんな話も知らなかったし。
「ツッコミどころがたくさんあるんだけど。とりあえず、どうして私に断りもなく、勝手に代理とかになっているのよ!」
「お前の嫁ぎ先も決まったし、あいつに会わせるのはちょっとなぁ。もし暴走でもされたらことだ。まずは俺が出向いて、釘をさしてくる」
ん? 更におかしな言葉が。
「なに? トツギサキって?」
もしかしたら新しい言葉なのかも。
ほら、手習いの一種とかはたまた仕事の一つとか。
それほどまでに、その単語は意味不明だ。
「ん? …………あぁ! 言い忘れていた」
あごに手を当てて、一回空を仰いで沈黙の後、ポンッと手を打つ父様。
「リルディアーナ。お前は、イセン国の王との縁談がまとまった。来年にはイセン国の王妃だぞ」
お茶目にウィンクして父様はニカリと白い歯を見せて笑った。